フライング・バレンタイン

 目の前には恋い焦がれた彼女、部屋の中からはチョコレートの匂い。
「え? たまくん!? なに? どうしたの!?」
「これ」
 ドアを開けて驚くティナに、閉店ギリギリで見繕ってもらった花束を突きつける。口を覆っていたネックウォーマーを下げて言う。
「僕だってティナにバレンタインを贈る権利はあるよ。とりあえず入れて」
「う、うん! ありがとう……!」
「うわっと……ただいま」
 胸に飛び込んできたティナを花束をかばいながら抱きしめ、どうしようかと考える。何度考えても今日はバレンタインの三日前、ここはティナのアパートだ。嫉妬に任せて勢いで来てしまった。着いた、と思うと体の力が抜け彼女の肩に覆いかぶさる。
「つめたっ…たまくん、震えてるじゃない!」
「寒かった……」
「どうしてこんな遅くに、危ないわ!」
「遅くにごめん、凍結が怖くて途中で下道に降りて来たからさ……死んだら元も子もないからね。雪降らなくてほんとに良かった……」
「わ、わかったから早く入って」
 スリッパを出すティナに礼を言い、ゴーグルや防寒具を脱いで手を洗う。バイクで暗い道を走り続け、宇宙のはての小部屋にたどり着いたような浮遊感だ。まだ彼女の部屋にいる現実味がない。淹れてくれた温かいお茶を片手に半ば恒例の防犯チェックをしていると、感覚のなくなりかけた手の強張りが解けていく。
「カーテンはちゃんと閉めてるね。外に洗濯もの干してない? ないね」
 もこもこしたパーカーのポケットに両手を入れて胸をはるティナに、当たり前だよと釘をさす。喜んで迎えてくれたものの、まだ背中に視線を感じる。無理もない。いつもの僕なら明日にするか列車で来ただろう。
「前はバスルームのカーテンあいてたでしょ、ほんとにもう」
 歩きまわるほど広くない部屋だ、チェックはすぐ済み、なにげなくベッドに目を向けて気づく。以前来たとき起きた事件……思い出しかけてあふれ出そうな記憶にふたをする。今夜はうっかり寝たりなどしない。

 頭を振って雑念を振りはらい、キッチンで花束を生けるティナを見る。初めて見るルームウェアだ。長袖のパーカーはいいが、これもまたもこもこのショートパンツと揃いの膝上ソックスはいただけない。室内の暖房は控えめだ。あんな短いパンツで寒くないのか、いやそれより。
「まさかティナ、宅配もその格好で出てないよね」
「宅配? 出るよ」
「ダメだよ何か羽織って! いやもう羽織ってるか、下! 下になにかはいて。太もも出しちゃダメ! 誰が見てるかわからないんだよ。ごみ出しは?」
「それはさすがに。寒いもの」
「引っ越したからって次がないとも限らないんだからね。気をつけてよ」
「このハイツいい人たちばかりよ。大丈夫」
「ストーカーはアパートの人間じゃなかったでしょ!」
「あ、そうだったね」
「てへ、じゃないよもう!」
 去年、ストーカー被害のためティナはアパートを引き払った。今はライトさんがコスモスから受け継いだ物件に住んでいる。隣が男の入居者なのが気になるが、出張続きらしくまだ会ったことはない。

「そんなに怒らないでこっち来て、たまくん」
 手招きされてカウンターチェアにかけると、ティナが足のそばに電気ストーブをつけて置いてくれる。前の1Kの部屋とほぼ変わらないが、ティナは家賃も広さもこれでじゅうぶんらしい。ふたりで部屋を借りるのもいいなと思いながら、カウンターに花びんを飾って目を細めるティナを見る。
「色んなお花束ねてくれたのね。きれい」
「花屋が閉まる前でさ、選べなかったんだ。これ作ってたから」
「かすみ草もガーベラも好きよ。なあに? それ」
「チーズケーキ」
 荷物の中から、広げた手のひらほどの箱を出してカウンター越しに渡す。ラッピングをする余裕もなくただ箱に入れただけだ。
「焼いてきた」
「え? たまくんが?」
 ティナは目を瞬かせて箱を、次に僕の顔をまじまじと見つめる。
「……あ、ありがとう?」
「そんなに戸惑わなくても」
「たまくんがお菓子なんて久しぶりだから」
 まだ首を傾げるティナに、だから言ったでしょ僕にも贈る権利はあるって、とつぶやく。
「寮に入ってからはお菓子まで作る余裕なくて……たまにはね。バレンタイン前だから共同キッチンが女の子たちでいっぱいでさ」
「みんなチョコ作ってたんでしょう? 無理しないでよかったのに」
「うん、今日が本番……あ、いや彼女にあげるって言ったら快くオーブンの順番譲ってくれたよ」
 そう、と箱を開けてティナはにっこり笑う。
「きれいに焼けてる。ちょっと待ってね、これ片付けちゃうから」

 カウンターからキッチンをのぞくと、作業台には一口サイズのチョコやブラウニーが並んで見える。少しいびつなトッピングと形が愛らしい。数時間前、ティナがSNSに投稿した写真と同じだ。僕がやっきになってケーキを手作りし、ここに来た原因。ティナはそれらを小さな袋に詰めラッピングを施していく。
「これは?」
「『冒険遊び場』のみんなに。明日シフトだから持っていくのよ、土曜日は子どもたちがたくさん来るから。そうだ、味見してくれない?」
「いいよ。子どもたちのが減るだろ」
「他のスタッフと手分けして作ってるから、少しくらい平気よ。お願い」
 ティナのお願いは基本的には断れない。じゃあ一つだけ、と一種類ずつもらう。
「うん、おいしいよ」
 よかった! と表情を緩ませるティナに、手作りチョコなんて相手に誤解と周囲に軋轢を起こすだけだ何もいいことがないよ。だいたい子どもと仕事場の顔見知りなら市販のチョコに適当なラッピングで良くない? と言いたいのを堪えて、
「仲良いんだね」と答える。
 内心おもしろくない顔をする僕に、ティナはそうなのと笑いかける。プレゼントするのが楽しみなんだろう。
 包装を終えたチョコをがさがさと紙袋に分けている彼女から目線を外すと、カウンター横の壁が目に入る。ティナのお気に入りの写真やカードを飾るスペースだ。僕や家族、友人との写真が占める中に、クリスマスに来たフリオニールからのグリーティングカードがまだ貼られていて何となくむっとする。高校の数年間親しかったティナや同級生でない僕にまで毎年手書きのメッセージを送ってくるなんて律儀というか、人の良い男だ。遠方の大学に行き、そのまま居着いて研究農場で働いているという。北国の広大な農地をバックに小さく笑顔で写るフリオニールを見ていると毒気を抜かれる。落ち着いたら彼に会いに行くのはどうだろう、ティナとやりたいことはまだまだたくさんある。

 その下に重なった、少し古い写真。
 僕が十三の時の夏の海だ。僕とティナとライトさん、ジタンにフリオニール、他繋がりがあるのかないのかよくわからない十人。女の子はティナしかいないし全員てんでばらばらの方を向いてるのに、ティナはなぜか必ずこの写真を部屋に飾った。告白したのもこの時だったっけ、懐かしんでいるとティナが口をひらく。
「お返しにクッキー作ってくれたときのこと、おぼえてる?」
「うわ、今それ思い出させないでよ」
「どうして? 私が高校生の頃かしら。クッキーは友達でいてって意味だから返して! って」
「うん、ティナはもう食べちゃってて」
「たまくん泣いてたけど、おいしかったのよ。また食べたいな」
「泣いてないってば。まぁ、ティナが言うなら作ってあげる」
 リボンを結ぶ手元を見つめて、気になっていたことを口に出す。
「……僕のは?」
「ごめんね、たまくんのはまだ作ってないの」
「そうだよね。いいんだ」
「どうしたの? やっぱり何かあった?」
「べつに、会いたかったから来ただけだよ」
 僕すごく嫌な奴だ。結局心配させている。
 彼女のSNSに一喜一憂していることなど、いちいち言わなくていい。僕を差し置いてティナの手作りチョコをもらうなど笑止千万。そう思っているのは僕のほうだけだったと気づいて愕然とした。ティナにしてみれば職場でのサービスなのだからこれは義務だ、完全なる義理だ、嫉妬されるいわれもない。僕だってそう思いたい。スタッフや出入りの業者に男が多くて心配なのだ。すでにティナに惚れてる奴はいるだろう。絶対にいる、僕にはわかる。
 ティナの一番をもらうのは僕だ。もらえないならあげればいいし自分から行けばいい。むしろティナがほしい、今すぐに。嫉妬で肺が焦げそうなのはそれが元にあると気づいて飛び出してきたのだった。オーブンを女の子たちが快く譲ってくれたなんてのはウソだ。鬼気迫る僕の顔を見て明らかに引いていた。幼馴染のレフィアだけは聞いてもないのにケーキ作りのアドバイスをしてきたが。ルーネスに至っては周りをウロチョロしてサプライズだの花を贈れだのうるさいったらなかった。アルクゥは箱をくれた。

 うだうだと考えているとティナがキッチンを通り抜け、玄関でチョコの袋をカバンに詰め始める。前の職よりいきいきして楽しそうだ。喜ばしいが、手放しで喜べない。新しい環境でうまくやっているティナには知られたくない感情だった。
 ティナは、僕にこういう気持ちを持ったことがあるのだろうか。今まで他の子に告白されたのがバレた時くらいしかやきもちを焼いてくれなかった。もっと嫉妬してくれてもいいんだけど。まあ、心配させないようにしている僕が彼氏として優秀だとも言える。
 ストーブに当たる足が熱いくらいになったとき、ティナが戻ってくる。お待たせと肩にそっと触れる。
「きてくれて嬉しい、私も会いたかったから」
「……うん」
「たまくん、他の女の子からチョコもらうかなって考えてた」
「僕はティナ以外からは貰わない」
「ほんとう?」
「本当だよ。この四年ずっと手作りは貰えないって断ってる。もう周りみんな知ってるよ」
「うん…そうだよね」
 おそらく、持っていなかったことなど、なかったのだろう。
 夏の夜、今したい、僕のがいいと懇願した彼女を思い、またこちらを見る潤んだ目と染まる頬を見て思う。
「あ……でもバイトの付き合いもあるからさ、義理は許してくれる…?」
「ふふ、いいよ!」
 笑いかけてくれるティナに申し訳なくなってくる。自分だってもらっているのに何を棚に上げているのか。もう今日は黙っていたほうがいいんじゃないか。いや家に押しかけてそれは良くない。
 義理チョコと言えば、預かり物があったと思い出す。
「そういえばティナにチョコを預かってる」
「私に? 誰?」
「大学の……夏に遊園地で会った子。あの時はすみませんでした、って」
「ああ、あの……! そんな、いいのに。ふたりは元気?」
「うまくいってるみたいだよ。少し前までは、採用試験でそれどころじゃなかったけどね」
 渡したいものがあると言われて身構えてしまったが、見たところ女の子が自分で買うような華やかなパッケージだった。こちらには店舗のない有名パティスリーのチョコだ。名前を出すとティナは目を輝かせる。
「そこ知ってる…! 食べてみたかったの! 嬉しい、ありがとうって伝えてね」
「言っておくよ」
 一緒にいただきましょ、と言われて気づく。
「あ……寮に忘れた」

 ティナは唖然としたあと、くすくすと笑い出す。
「ごめん」
「そうね……あ! いいものがあるわ。ケーキも切っていい? たまくんも食べましょ」
「僕もいいの?」
「一緒に食べたいの」
「実は味見してないんだ」
「たまくんのケーキなら大丈夫」
 デートは日曜日。今日は金曜だ。
 ティナが戸棚からがさごそと取り出した洋酒入りの板チョコを見て、誘われているのだろうかと考える。たぶんティナはそこまで考えていない。揃いの赤とピンクのマグカップにミルクを温め、鼻歌をうたいながら板チョコを溶かす。ホットチョコレートだ。ケーキを四等分して半分を皿に盛ると、ティナが隣のチェアにかける。
「チョコ全部入れたの?」
「ううん、少しとっておくの。それから……これ!」
 ティナが後ろ手に持っていたのはマシュマロの袋だった。上機嫌で湯気のたつチョコレートの水面にマシュマロを浮かべていく。
「僕は一つでいいよ」
「ふふ、ちょっと早いバレンタインね」
「……ほんとだ。ありがとう、ティナ」
 一番の座は守られた。ティナをもらうつもりでいたからもうチョコは良かったが、やはり人より自分のためのものがうれしい。二人して熱いチョコをふうふう吹いて冷ます。
「甘い……でもおいしい。あったまるね」
「冬のお楽しみなの」
 マシュマロをスプーンでつついて溶かしながらティナが言う。
「ケーキもおいしいわ! 私ね、中のなめらかなとこが好き」
「知ってる。僕は焼き目のところが」
 笑いあって、うまくいったと息をつく。
「マシュマロもう一個ちょうだい」
「おいしいでしょ?」
「うん、これはハマるね」
 答えながら横目でティナのカップに次々と吸い込まれていくマシュマロを数える。六、七……八個はいったぞ。
「こ、これケーキにかけたらおいしいんじゃないかな」
「やってみたい!」
 チョコがけのチーズケーキを堪能し、飲み物が残り少なくなったところで、ティナが残しておいたチョコに手を伸ばす。かけらがするりと血色の良い唇に入るのを見送る。
「おいし……」
 酒が効いてきたのか目元がとろんとして、妙にエロチックだ。普段はおっとりした彼女が、職場でふとした時に秘めた色香を漏らさないと言えるだろうか。やっぱり心配だ。僕も最後のひとかけをもらう。
「はい、どうぞ」
 ティナがチョコをつまみ、開けた口にかけらをすべり込ませる。指が一瞬、唇にふれて離れる。口の中に甘味が広がり、体の芯が熱くなる。
「……ご馳走さま」
「温まったね」
 ティナがパーカーのジッパーを少し下げ、ほうっと息を吐く。
「うん、暑いくらい」
 それをじっと見て、なにも言わずにキスする。ファスナーの隙間から見える下着の肉感からして、ティナは着けていない。
「ん…、」
 顔を離し手に触る。手の甲から指先を撫でる。
「…っ、なあに? いきなり」
 ティナが目を細めて微笑む。「今日だ」と思う。
「あのさ」
「うん」
「今日泊まってっていい」
「どうして? 実家に帰らないの?」
「寒いし、今運転したら捕まるかも」
「…あ! ごめんなさい、これお酒入りね。私、浮かれちゃって…」
「だから泊めてよ」
「構わないけど、明日いいの?」
「僕の部屋、ライトさんの本とか資料でいっぱいだから片付けないと。日曜までいるよ」
「もしかして、赴任先決まったの? ……ただいまってそういうことね? もう、早く教えてくれればいいのに……!」
「ああ、近くの学校なんだ。ティナは? 朝早い?」
「ううん、昼から仕事」
 これで部屋に泊まる大義名分を得られた。ティナも朝ゆっくりできる。
「おめでとう…! お祝いしなきゃ」
「そんなのいいからしたい」
「ん…? 何を?」
「わかってるくせに……えっと、いちゃいちゃしよ」
「今はいちゃいちゃしてないの?」
「え!?」
 ティナにとってはこれも「いちゃいちゃ」に入るのか。何だかこそばゆいが、ならばと切り出す。
「じゃ……しよう。したい。もっと、いいこと」
 ティナはふるりとふるえた。前に言ったことを思い出しているのだろうか。

 『──次は、しようよ。』前、と言うには何度も持ち越され時間が経ちすぎているが。こんなふうに迫ったのは初めてだからか、ティナは真意を測りかねているようだ。
「たまくん、疲れてるの? 前みたいにしてあげようか?」
「その『前』じゃないっ」
「え?」
「もう忘れてよアレは……」
「だってすっごく気持ち良さそうだったわ」
「だから、攻められっぱなしは嫌なんだって!」
「それにとってもかわいかったもの!」
「……やめてよ」
 ティナはくす、と笑う。
 目を細めて、僕を可愛いと思っている表情。何年も付き合っていれば嫌でもわかる。心外だしやめてほしいのだが、耳を指でなぞられるみたいにぞくっとしてしまうのは、あの時のせいだ。

 ──や、やめ、ティナッ、あ、あ……っ!
 ──ぬるぬる気持ちいいね、かわいい……♡
 今でも耳に残っている。
 去年、大学四年の春だ。ちょうど教育実習校が地元で、近くのティナの部屋で会うことになった。実習の疲労から、眠いとこぼしたら膝枕してくれ、そのまま寝入ってしまった。飛び起きると目隠しとゆるく両手を拘束されていて、詳細は割愛するが気が狂うほど気持ち良かっ……うん。あとで段階と加減というものがあるとお説教したが、ティナは満足そうにニコニコ笑うばかりだった。
 その時の「手錠」が、今ティナの髪を結っている例のつぎはぎシュシュだ。わざとなのか? 思い出しちゃうんだけど。清く甘酸っぱい思い出がピンクに上書きされていく……。
「たまくんね、ずっと、ずーっと頑張ってるから何かしてあげたかったの」
「気持ちは嬉しいけどさ、他にあるだろ!? 何で急にああなるの?! ちゃんとしたセ、セックスだってまだなのに……!」
「たまくんが挿れてくれないからでしょ?」
「うっ……そ、それはティナのためで…まだ怒ってる?」
「怒ってないわ。あんあん言ってるたまくん見てたらどうでも良くなっちゃった」
「僕は! ティナと二人で気持ち良くなりたいの!」
「私のこと、いつも気持ちよくしてくれるから。お返ししたかったの」
「僕だってティナにいつもしてもらってるよ!」
 ティナは眠くなってきたのかあくびをする。
「ふあ……もういいじゃない終わったことだし。またしてあげるね?」
「ティーナッ!」
 適当に話を終わらせようとするティナに声を荒げてはっとする。過ぎたことで何を怒っているんだ僕は。まずい。二人ともチョコで酔っぱらってきている。

「とにかく『かわいい』はやめて」
「じゃあなんて言ったらいいの?」
「…僕が……僕だけが好き、って言って」
「そんなの。昔から」
「いいから言って」
 こんなのは言わせているだけで何の意味もない。でも、やめられない。照れてもじもじするティナの手に、自分の手を重ねて待つ。白い太ももに指先がほんの少し触れる。
「もう待たない」
「ちょっと、まって…」
「いやだ」
 重ねた手をぎゅっと握り、顔を近づける。キスの始まりはいつも照れくさい。
「あなただけが、すき」
 唇の動きを記憶できるくらい近づいてやっと、ティナが言った。手を握ってるから体がびくっとしたのが伝わってしまう。勢いづいたものの、ティナの顔の間近で止まって息を詰め、見つめあう。目線を外し、すぐにもどして頰にそっと触れ、キスする。
 ちゅっと口づけて目を合わせ、また唇をあわせ、離してまた見つめる。キスして顔が見えなくなるのが惜しくて、口づけるたびに目を合わせる。見るたび不思議そうな顔をするのが可愛いくてまた口づけ、唇を舐める。ティナもお返しに舐めてくれる。
「チョコの味がする」
「僕はティナの味がするけど」
 そう言うとティナの頬がまた柔らかくなる。ずっとキスしていたいくらい気持ちがいい。
「…ふ、ぁ…ん…っ」
「ん、ん…んっ…」
 ティナはもう、キスだけでとろけてしまうし僕の身体だって限界がある。頰の稜線を人差し指でなぞりながら聞く。
「……浮かれたって?」
「ん…きてくれて嬉しいの…はやく会いたかったから」
「うん。僕も……ティナ、さわっていい?」
 答えを聞く前に胸のふくらみに触れる。
「あ……っ」
 さわりたい、と耳にささやく。
「ん……いい、よ…」
 もこもこのパーカーの上から軽くさする。服の下に伝わるよう両手で大きく揉み、中心をつまむ。
「あ…あ、あ、ふぁ……」
「もう気持ちいいの? まだなんにも脱いでないよ」
 ティナが肩にもたれかかる。キスしながらパーカーのジッパーを全部下げ、キャミソール越しに胸を触る。ふにゅ、とやわらかな感触を返す。当たりだ。
「く、ふ…んっ…あ、あ…!」
 浮き出てくる乳首をすりすりと丸くさする。
「あっ、あ、やん、あっ……!」
 先端をかり、と爪で掻くとティナが高さのあるチェアから落ちそうになる。抱きとめ、なんとか座っている状態に落ち着く。下を向いたうなじが紅い。
「…、はぁっ…ティナ…」
 ティナのつま先が僕の足をつん、とつつく。
「……ね、…あっち行こ…?」
 ティナが上目づかいに僕を見て、ベッドのほうを向く。このお誘いの流れだけで抜けそう、と頭の端で考える。
「う、ん……」
 大丈夫だろうか。ティナと言い合ってじゃれてる時から高揚していた。これからすることを思って手に力が入る。

 信じられないかもしれないが、僕らはこの四年の付き合いでいまだセックスに到っていない。正確には挿入を伴うセックスをしていない、だ。
 そのためだけに会ったことがない。そんなことをしたら彼女の不安を増幅するだけだし、この関係も終わりになると思っていた。彼女も僕が未成年であることを気にしているとわかっていたから急がず、ゆっくりと彼女の身体を開発することにしたのだ。その過程にハプニングが重なりいまだ未遂のままだった。
 キスや愛撫に夢中で二人ともへとへとになり、行為まで辿り着けずタイムアップなんてのはまだ幸せな理由だ。いい雰囲気になったところでインターホンを連打される経験を何度かすれば、最後までするのに躊躇が生まれる。
 加えて去年は僕の都合でほとんど会えなかった。年末は帰省したが、貧血と腹痛で動けないティナに付き添って寝ていた。ここまで来ると何かに邪魔されてるのではと思ってしまう。

 ライトさんを支えたい、ティナを守りたい、側にいたい。それができる自分になりたい。
 がむしゃらに勉強し、克服しようとしてきた。恋に上下の隔て無しといえども、最後の最後でどうしても踏み切れない。時間や距離を理由にして無意識的に避けていた。見えない何かに阻まれたとしても、これは自分の選択の結果だ。
 関係を持っていないことを悪友にぽろっと話すと本気で心配され、『中距離恋愛で処女開発? おまえって結構マニアック……ってかマゾか』
 などと言われてしまう始末。ティナのためであって断じてそういう趣味はない。その結果、キスと前戯で達してしまう敏感な彼女の出来あがりというわけだ。

 ティナに手を引かれ、ふわふわした足どりで壁際のベッドへ上がる。ティナがひざからジャンプして飛びこみ、ぺたんと座ってふりむく。僕もまねする。ベッドの弾みで抱きあって笑い、後ろから抱きしめる。しばらくぶりの髪の匂いを吸いこみながら腰に手をまわす。
 振り向いたティナにキスしながらそろりとキャミソールをたくし上げる。着けていないと目算していたが、硬いワイヤーの入っていない、紐と薄い綿でできた水着のような下着を着けていた。締め付けられず楽そうだ。それに、ぽつりと生地に浮き出た乳首がいやらしい。やわやわと揉んで感触を楽しんでから、中心をさする。
「んっ……あっ、あ…!」
「待ちきれなかった? こんなに立ってたら切ないよね」
 布一枚減るだけでこんなにも違うものか。小さく声を上げ始め、腰が跳ねるのを隠そうともしない。心を許してくれているのか、はやく挿れてほしいのか勘ぐってしまう。
「気持ち良さそうだね。前みたいにいっちゃうんじゃない?」
「これ、やっ、あ、あん……!」
「何でいやなの? かわいいからまた見たいな、いくとこ」
「だって、あっ、あ、ゆび、きゃうぅ…!」
 両脇から捏ねるように胸を揉み、中指と親指で乳首をすりすりと磨きあげる。時々ぴんと弾く。ティナの腰を足の間にぐっと挟む。
「あぁ…! やめ、っ、はぅうん、やあぁ…!」
「かわいい、……かわいい、ティナ」
「ひうぅ、あ、あ、あ……!」
 僕の声に反応してお尻と太ももの筋肉に力が入るのも腰に伝わってくる。二本の指に加えて人差し指で乳首の先をこする。
「っひ…! あ、だめ、はやくしたら……っ! ふぁあ! ゆびだめ…っあ、あっ……!」
 反ってしまう胸を隠すように、うつむいて首をふる。髪が揺れてうなじがちらちらと見え隠れする。
「あん、あ、…や、やっ、やぁ……!」
 ティナの手がやめてと言うように僕の腕に沿い、膝を力なく叩く。両胸をいじる手は止めず、うなじにきつく吸いつく。
「んにゃぁ……っ!? な、なに? 今の…」
「なんでもないよ。キスしただけ。ほらこっち向いて」
 ティナは胸の刺激に集中していてキスマークをつけたことに気がつかない。ここなら、執拗にティナを見ている奴にはわかるだろう。後ろを向いたティナにくちづける。
「ん、ふ……ぁっ、あ、まだするの…?」
「ティナがいくまでするけど」
「うそっ、や、やぁ、ああ、ひぁあ…!」
 跳ねるだけじゃなくふりふりとお尻を振り始めたのを感じ、指を止める。もう腰を擦りつけないでいるのも限界だった。
「……え…っ?」
「いきそうだった?」
「ふ、う…やぁ、もう…っ」
 後ろから抱きしめ、胸も唇も奪って泣かせるのは大変に独占欲が満たされるが、正面からも見たい。ティナの前にまわりこみ両胸を包んですりすりと擦る。
「や、あん、あっ、ん……あぁん!」
 前から見ると肩紐がずれて乳首が見えそうで見えない。半端にはだけた眺めがエッチすぎる。こんなに感じやすい彼女が僕を性的にいじめるなんて。くそぉ! 可愛い、大好きだ……。
「…そこばっかり、いじめないで…!」
「いじめるに決まってるでしょ、こんな……」
 胸の部分の布をずらし、まるくぷっくりと膨らんだ乳輪を露出させる。
「あぅ…!」
 空気に触れただけで感じるらしくティナが声をあげる。全部見たくなってやわらかな生地を脇にやると、支えるものをなくした乳房がふるんと弾んだ。
「…っあ、や……!」
 目の前には酒と甘いチョコレートの匂いのする、恋い焦がれた彼女。
 そのうえピンクの先っぽ立たせてぷるぷると揺れ、僕の舌で溶かされるのを待ってる真っ白なマシュマロがふたつ。

「……、…」
「……え?」
「もう我慢しない」
 快感を逃すようにくねる腰を掴んで胸に吸いつく。
「やぁ…! あ、あ、やうぅ…!」
 ティナの腰がびくびく震える。もう片方に唇を移して吸いながら舐め、反対側は唾液に濡れた乳輪をやさしくこする。真ん中をとんとんとん、と押す。
「ひっ、い、だめ…っあ、あ、んやあぁ……!」
 腰のびくつきで達したことがわかる。
「早いね」
「は……っあ……」
 暑い。着込んだ服を雑に脱ぐ。ジッパーを下ろして飛びだしたものをティナの手に擦りよせると、よしよしと撫でられる。子供扱いされそうでティナには言わないけど、僕はこれが好きだ。目隠しされたあの日、ローションでぬるぬるの手のひらで撫で慈しむように何度もいかされた。……最高だった。同じ気持ちを、ティナにも味わってほしい。
 手に擦りつけもっと触ってと促す。するりと指が絡みついて布越しにさすられる。愛撫だけは上手くなった僕らは、前戯で苦しいくらい昇りつめる。
「…ん、あっ…いつの間にこんなエッチになったの…ティナ 」
 ティナの指が陰茎をやさしく撫でるたびにじわりと先走りが滲む。返事を待たずに畳み掛ける。
「前に会ってから何回一人でしたの」
「何回って……」
「数えられないくらい?」
 赤くなって睨むティナの耳元でささやく。
「今日僕が来なかったら、ひとりでするつもりだったでしょ」
「え? ちがうわ……!」
 キスして真正面からたずねる。
「本当に?」
 いったばかりの乳首を指と爪で弾きながら問う。
「あ、あんっ、やぁ…」
「だってこんなエッチなの着てさ」
「やめ、あん、あぁ、ん、違うわ…夜つけてるのが、きつくなってきて、っあ、新しく買ったの」
「そっか。ごめん。でもするつもりだったよね?」
 一瞬ほっとしたティナの表情が固まる。
「ねえ、ティナ、教えて」
 変なことを言ってる自覚はある。
 言う通り仕方なくでなく、自発的にしているのはこの反応の良さを見ればわかる。僕がほしくて自分でしたと言ってほしい。
「言って、一人でしてみせてくれたらもっといいことしてあげる」
「……ぅう…な、にそれ……!」
 僕の顔と動く気配のない手を交互に見てティナは眉を下げる。
「どうする?」
「っ…今日は、考えてなかったわ、ほんとよ……でもたまくんあのとき、すごく気持ち良さそうだったから、またしてあげたいなって…あ、んん…っ」
 そう言いながら僕のものをつ、と撫でる。
 たまらなくなってキスする。まだダメだ、耐えろ。今まで耐えた僕ならできる。
「っ…それで?」
「ん…あなたのこと考えながら、ひとりで…」
「手が動いてないよ」
「…っ、あ、たまくん、ん、ふあ…たまくんっ……」
 指摘すると、僕を呼びながら自分で乳首をくにくにといじる。膝をすり合わせ、白い太ももと、ふわふわのショートパンツに包まれた腰がひくつくたびにシーツのしわが増えていく。できることならこの動画欲しい。何があっても頑張れる。
「……通話と全然違うね。やっぱり生で見るのは」
「ん…なにが、ちがうの」
「匂いとか空気とか……声もよく聞こえるし」
 通話は通話でいいものだが、本物にはかなわない。寂しさとティナの声が沁みるのだ。夜までぎっしり詰まった授業とバイトを終えて帰寮した、寒い日なんかは特に。

「ん…っ」
 下腹部へ向かう手に気がついて、空いた乳首をぺろ、と舐める。つんと上を向き、乳輪のぷっくり膨らんだ乳首がもっと舐めてと主張している。
「あ…っ!」
「それでこんなやらしい体になっちゃったの? ずるいなぁ、一人で気持ちいいことして」
「たまくんがやれって言ったんでしょ……!」
 涙目で責めるティナにそうだったと笑顔を返す。ティナの胸はこの四年で僕の手に収まりがいい形と大きさになった。言えたご褒美に舌と唇で乳首をしごくように吸い、舐め回す。ティナは、僕のだ。
「や、や、だめ、だめぇっ、あん…! きもちぃい…やぁん!」
「ん、っ、…は…」
 僕にも一応体面があるから口には出さないが、めちゃくちゃエロい。反対側の胸をきつく吸い、片方は乳首をやわく揉み潰す。きゅっとひねる。
「あ、あ! あ、あぁん、ひ、ひぅっ…またいっちゃう……! やあん…! やああっ…!」
「……! …っ…!」
 ティナが胸で二度達した瞬間、下着から飛び出していた亀頭から精が迸る。ぴしゃぴしゃと降りかかる熱い粘液がティナの腹と股を汚した。
「も、やぁ…っ……え? たまくんも?…」
「こ、これは……疲れてて…っ、言い訳はしないよ……」
 自慰を告白しながら胸でいくティナに興奮してつい出てしまったとは、言い訳にもならない。今さら珍しくもないと自分をなだめ、まだ萎えない陰茎で白いねばつきを太ももに塗りつける。
「いっしょにいけて、嬉しい…たまくんの気持ちいい顔、好き」
「…もっと見たい?」
「……いつもみたいに、熱いのほしい…」
 うっとりと唇が開き舌がわずかに見える。ティナにフェラチオをほのめかすと見られる、僕の形を思い出している表情だ。たぶん。通話中にこの顔をされ、腰が疼いて何度も辛くなった。
 無意識なんだろうが煽情的すぎる。最初にそれに気付いたとき、彼女をそんな風にしてしまった罪悪感と歓喜で胸が締め付けられた。顔射をねだるなんて我ながらよく「調教」したものだ。
「でもダメ」
 あの快感を思い出し、すぐにでも含んでもらいたくなる欲を押さえつけて唇を吸った。
「ん、ん……っ」
 キスしている最中のとろけた瞳を見ていると、どんな自分でも許してもらえる気がする。自分の性器を思いながら自慰してもらえるなんて男冥利に尽きるではないか。
「今日は、最後までしようよ……僕だってティナの気持ちいい顔、見たいんだ」

 もう、我慢しなくてもいいだろう。
 僕は成人している、教員採用試験をパスし、赴任先も決まった、一人の男だ。ティナを好きにして誰かに目くじら立てられることはないはず。たとえ出自がわからなくても。なによりティナが僕を欲している、それに応えたい。
 財布と鞄の内ポケットに、今まで使う機会を奪われ続けた避妊具が最低五枚はある。加えて引っ越し準備で明日もこちらにいる予定に今したばかり。思う存分できる状況だ。
 僕の首にちゅ、と唇をつけてティナが言う。
「今日は、何もないね」
「あってたまるか」
 顔が熱くなるのを隠してキスする。
「さっきの続き、見せてよ」
「続き……?」
「今度はこっち…僕によく見えるように触って」
 ベッドの端にいた大きなモーグリのクッションを引っ張ってきて壁を背にもたれさせる。そこに座らせたティナの膝を折り曲げて腰に手を入れ、ショートパンツと下着を足首まで下ろす。脚を広げ秘部が丸見えになる格好にさせる。
「え、あっ、ちょっと…や……! 見ないで…っ」
下着に透明な糸が引き、ピンク色の裂け目が愛液を垂らして誘った。甘酸っぱい匂いに腰がずんと重くなる。
「初めて見るわけでもないんだし。早く」
 ひどい、と非難の目で睨めつけながらも、おそるおそるティナは淫核に手を伸ばす。
「広げてみせて」
「……っ」
 見せつけるようになってしまう体勢を恨めしそうにしながら、包皮を剥いて肉の粒を露出させる。
 膨らんで、愛撫を待ちきれないようにひくつくそれを見せつけ、耳まで赤くして唇をかむ。
「可愛い。さわっていいよ」
 僕をちらっと見てから眉を寄せて指を伸ばす。陰核の下からあふれる透明な粘液をすくいたっぷり包皮に含ませると、くちゅ、と指先から糸が引いた。
「……っあ…!」
 羞恥からか目の端に涙をにじませ、健気にクリトリスを転がす姿に喉が鳴る。
「…ふ、あっ、あっ、きもちい……っや、や、みないで、あんっ、あっあ…! ああっ……!」
 一分もしないうちにつま先が二、三度跳ね、くたりと弛緩する。
「ほら、さっきからよだれ垂らしてるそこもいじってあげないと。三回もいったもんね」
「うぅ……そんな言い方、やめて……は…あん、あ、あっ…、たまくん、あっ、あ…!」
「あれだけ僕をいじめたんだから、仕返ししないとね…」
 充血し膨らんだ襞にくちゅくちゅと華奢な指が出入りするさまを、先走りで滑る性器にいらつきながら避妊具をつけ凝視する。薄紫のシーツにひと筋、とろりと透明な液が垂れて染みができる。
「あん、あ、あっ、ねぇ…たまくん……!」
「何が欲しいか言えたらあげる」
 指を入れるととろけた肉襞が絡みついてくる。一、二度かき回すと簡単に達してしまう。
「それじゃないの……! たまくんの、ずっとほしくて、おねがい……あ、あっ…やぁあ!」
「…はぁっ…上出来だよ」
 言いながら指を引き抜き、入れ替わりに腰を進めようとしたその時、けたたましく着信音が鳴り響いた。画面を見る。
『ルーネス』

「あいつ……!」
 頭に血がのぼる。文句を言わないと気が済まない。
「今取り込み中! 何があっても帰らないからな!! ………え? 余計なお世話なんだよ!!」
 おおかた慌てて出て行く僕を見て電話してきたのだろう。爆笑する悪友の声をぶった切る。念のため電源も切ると、頑張れよと笑う声が聞こえたのかティナも笑っていた。
「応援してくれてるの? いい友達ね」
「どこが!?」
 何が『いいとこで邪魔が入ったら今度こそ勢いつくだろ?』だ!!
「ごめんティナ、最悪だ……」
「そう? なんだか楽しくなっちゃった」
 雰囲気がぶち壊しだが、気を取り直して挿入にかかる。クッションにもたれたティナに覆いかぶさり、いったばかりのそこに陰茎を触れさせる。ちゅっ、と小さくキスするような音が立つ。上下に擦りつけてティナの愛液をまとわせる。
「ん……っ」
ふと、目隠しされて使われたローションの存在がよぎる。避妊具越しに吸いつくそこは今まで感じた中で一番にやわらかく熱い。なくても大丈夫だ、きっと。
「どうしたの?」
「なんでもない。ティナ、本当にいい?」
「だめって言ったら、どうするの?」
 ティナが首をかしげて問う。ルーネスのせいでティナにいたずらっ気が移ってしまった。あの野郎。
「え……っと、あのさ、本当言うと今夜は、ティナとエッチなことしたくて来たんだ。もう、待てなくて…お願い。したい…」
「ふふ、私も。いいにきまって、っあ……!」
 ゆるく擦り付けていた亀頭が勢いあまって挿入ってしまい、慌てて謝る。
「っうあ、ご、ごめん! 痛くない?」
「うん、だいじょう、ぶ、…少しだけ…あ……! ん、そのまま、いいよ……」
「…っありがと……我慢できなかったり、いやだったらすぐ言って……ん、く、う…」
 ティナの手を握って腰を進める。少し進むだけできつく締めつけられ、射精しそうになるのを耐える。
「っ、うぅ、っは、ぁ…ティナ、平気?」
「もう、平気……っん…」
 ティナは痛がったが一度きりだった。それに安堵と喜びを覚える。
「……入ったね」
「ん……うん、っ、あ」
 ゆっくり腰を進めると、襞をこするたびに声が上がり、ティナが口を押さえる。
「あ、あっ、やぁ……!」
「声抑えちゃダメだよ」
「でもお隣に」
「今から黙ったってもう遅いよ。どうせいつもいないんでしょ、大丈夫だからほら、……んっ」
「うん……っあ、ぁあ…っ!」
 それでいいよと髪を撫で、ゆっくりと念じながら壁を擦り上げる。奥まで挿れたい。
「ふぁ、っこんな、に、きもち、いいの、っあ、だめ…動かないで…やあぁっ…とけちゃう…」
「……こっちが溶けそうなんだけど、う、んっ、あぁ、気持ちい…あ、あっ…」
 それはこっちの台詞だと思いながら潤みきった膣に腰を沈める。ティナの奥まで僕でいっぱいになる。
「…!? やっ、あ、あ、んぅ…くるし…」
「あぁっ……ごめん、なるべく、ゆっくり、する、っあ、から…腰、とまらなくて、あっ、あ、ぅうっ…」
 動きを止められず浅いところでぬちゅぬちゅと抜き差しする。
「はぁっ、…あ、…っあ」
 ひとつにとけあうことでこんな快楽と安らぎを得られるなら、もっと早くに体を重ねておくんだったと後悔する。ああでも、依存せずに済んで良かったのかもしれない。

 しばらくすると慣れてきて、ベッドに手をつき腰の角度を変えて襞を擦り上げる。ぬちゅぬちゅといやらしい音が絶えず響き、本当にセックスしているんだと実感する。ティナの腰をつかむ手が汗ばむ。
「っひ、あっ、あ、んっ……! なに、これ、っあん、きもちい……」
「ティナ、ティナ、だいじょう、ぶ…? …んっ、止められないんだ……」
 身体に力の入らなくなってきたティナを仰向けに寝かせ、内から熱を放つ胸を揉みしだく。乳首をくりくり捻るときゅんと中が締まる。
「ひ、ひうぅっ…! やぁん、あ、あ…!」
「ん、んう、きつ…っく、あぁ…っ! ティナ、かわいい…」
 ゆっくり抜き差しして吸いつく襞を味わう。
「そうだ、耳弱かったよね…」
「あ、みみ、だめ…っ、ふあぁ……!」
「ん、ふ…っん…あ、あ、ティナぁ…っ」
 耳を舐め、吸いながらゆっくり奥まで突くと、鼻に抜けるような声を上げて僕にしがみついた。めちゃくちゃに突きたくなるのを耐える。
「うぅ、ほんと、ダメ…深くしていい…?」
「ん、……」
 僕の身体とティナの肌がぶつかってたん、たんと音が弾ける。その快感の集中の外でベッドがぎしぎし鳴っている。
「はあっ、はあっ、…っあ、あっ」
「……! きゃ、う、やぁっ! あ、あ!」
 奥は慎重に突き、ほぐすようにかき回して子宮口を探す。さっきまで処女だったのだから当然まだ固いはずだ。せめて痛くないよう奥を円を描いてぬちぬちと捏ねる。
「うう、そこ、だめ…! なんか変なの…っ、声でちゃう、からっ、トントンしないで……!」
「ティナ、かわいい…ん、んっあ、なら、キス、しよ…」
「ん、ん、……」
 唇を舐めあったり舌を絡めていると、頭がじんと痺れて腰が止まらなくなる。ティナの中も包んだものに吸いついて溶かすような愛撫に変わり、たまらず唇を離す。
「あ、っは…あっ、あぁ…っ、キスも、好きなんだ、知ってたけど…やっと、自分ので確かめられた」
 またキスすると、喜ぶように締まって唇も腰も離れられなくなる。くせになりそうだ。
 キスしたまま乳首を転がすとぐいぐい奥まで誘われる。突き当たった先へ亀頭でキスすると、ゴム越しにちゅうと吸い付いてくるような気さえした。あまりのいやらしさに唇が歪む。

「は、はぁっ…キスも耳も胸も、全部弱いね、ティナは……っん、ぁっ…」
「あ、あ、やぁっ…たまくん、たまくん……」
「ん、ふふっ、可愛いね、ティナ、気持ちいい? …僕のことすっごく好きでしょ、ねえ、言ってよ…聞きたい…」
 何言ってんだ僕は、と頭の隅で俯瞰する自分がいる。でも口が勝手に滑るから仕方ない。酔ってるせいだ、きっと。格好つけたってティナに愛は伝わらない。
「…ん、うん、すき、大好き……ぁ!」
「大好き」できゅうと締まり、涙が勝手にこぼれる。
「…あ…っぐ、ぅ、も、ダメ……ティナっ…あぁっ…!」
「あ、あ…! あなたは…? 気持ちいい……?」
「…っ、きもちいい、気持ちいいよ、っあ、あっ」
「泣いてるの? …ほんとね、気持ちいい声、出てる…かわいい…」
「汗だよ……っ! かわいくな、いっ…ティナだっていっぱい、声出てるよ、ここも、僕の離してくれないし」
 そう言ってかき回す。
「や、あぁ、あっ……!」
「ティナ……これ…僕の、好き?」
 声にならないのか、こくこくと頷く。良かった。兄ほど体格が良くないから、奥まで届くか、ティナを悦ばせられるか不安だった。ダメ押しに口づけて乳首をひねりなから突くと、包み込んでぎゅっと吸いついてくる。
「っん、ん、ん、ふぅっ、ぁ……ああぁっ!」
「……んっ、ティナ…? …っあ、すご…」
 熱い襞が陰茎に絡みついて収縮し、ティナの身体が何を欲しているかを悟る。
「っあ、ぁあ! やぁぁ……!」
「っ、じゃあ、あげる…」
 繋がったまま脚を抱え、上から突きさすような体勢をとる。上げた脚からするりと片方のソックスが抜け落ちて視界から消える。奥まで一息に挿れ直す。陰茎がぐちゅんと沈む音がティナの声にかき消される。
「あ、たまくん…っ…ふぁあ! あ、ああぁん……!」
「……っ! …っは、…ん、っあ゛…っ!」
 胎の奥に押しつけて射精する。出しながら腰を打ちつける。いつか、いつか。いつか。いつか。いつか僕のを、ちゃんと全部あげる。あげたい。愛液があふれ出しすべりの良くなったそこを何度も責め立てる。
「はぁっ…はぁ、はっ……っあ、う…っ」
「やあぁ…! っあ! や、おねが、やめ、っあ、いって、るの……! あぁぁ……!」
 さらなる絶頂から逃げようとする腰に追いすがって打ちつける。腕で頭を囲って髪を撫でつけ、泣き顔にくちづける。
「ぼくもだよ…ん、は…っティナ……好きだ…っすき、すき、あぁっ、ティナ、言ってよ、おねがい……」
「ん、……やぁ! ぁ…! やめ、あ、あ…っ!!」
 ぱちゅぱちゅと派手な水音を聴きながら奥をこすってねだる。ごくんと飲みほすように食い締められてまたびゅる、と出る。
「お願い、ティナ……っまだ、出てる…」
「ん、ぁ……! すき、すき…っ! いちばん、だいすきなの……ん…っふ、ぁ…!」
 ティナの唇がちゅっと触れ、お互いにキスしあう。
「……っ…僕も、ティナ、ティナっ、あっ、く、…ティナぁ、んっ、ぅう、……っ!」
「たまく……ひ、あぁ! …!…っ…!………!!」
 ティナの「すき」がほしくて犬のように腰を振り、ご褒美に精を漏らして声もないティナの奥を突く。放心して初めて、とうに射精し終わっていたことに気がついた。


 だるさと眠気に抗って起き上がり、ゴムを抜き取る。ベッドリネンはぐちゃぐちゃだった。互いの目につく汁気を拭いていると、否応なしに乱れたティナの肢体に目がいく。赤みの引かない頬、首すじに張り付く髪の束。ひくつく秘部や乳首がぴんと立ったまま上下する胸に陰茎が勃ちあがったところで、ティナが目を開けた。
「……ティナ、」
「……ん…待って…きもちいいの、続いてて…」
 僕を見て気だるそうに身動きする。
「……ん? 待ったらもう一回していいの? ティナ、したい?」
「あ……だって、その、えっと…ったまくんのいじわる!」
「まだ何も言ってないのに」
 ティナは頬を染めてそっぽを向く。
「僕もだから怒らないで。ティナはずっと、ずーっと待っててくれたんだから。もっと、たくさん気持ちよくしたい」
「ん……」
 そばに寄って額をあわせ、キスしようとしてやめる。
「その前に暗くしようか」
「え?」
「もう遅いし」
 わ、もうこんな時間とティナは午前二時をすぎた時計に驚き、まぶしそうに部屋を見まわして毛布を引き寄せた。ふたりとも半分着たままの姿で照れくさい。明るくて恥ずかしいとか気にする間もないくらい夢中だった。
 ベッドを降りて汗で張りついた下着を脱ぎすて、照明を落とす。枕元に寄ると、毛布からティナの手が伸びて花のシェードのランプを点ける。
「入れてよ」
「ひゃっ、たまくんつめたい…!」
「ティナはあったかい」
 毛布にもぐりこんで抱きあうと、冷えた体にティナの体温が幸せだ。ティナの片方だけのソックスも下着も抜きとって素足をくっつける。
 つめたいつめたいと言うティナにわざと体を押しあて、くすくす笑いながら何度もキスする。裸で思いきり抱きあう。よくよく思えば初めてだった。時間を気にしないでできるというのは、これほど自由だ。
 同じくらいの体温になったころ、しようよと僕が言ってどちらともなく笑いあう。ティナとだと、恥ずかしいことは嬉しいことになる。

 二枚目の避妊具をつけたものはすんなりと挿入った。
「っあ……!」
「は、あ……僕も待ってた、ずっと、一晩、朝までティナと過ごせるのを…やっと」
 何度も唇をあわせながら、ゆったりと交わる。
 組みあわせていた指をひらいて、ティナの手のひらを指先でなぞる。つま先が丸まって中もきゅんと締まる。僕のすることもう何にでも感じてしまうみたいだ。ぴたりと素肌をあわせて行う挿入の気持ちよさに、僕もゆったりなんて言っていられなくなってくる。
 ティナは一度目でくせがついてしまったのか、抉り、こすり、突きいれるたびに達してしまう。達し続けて疲れないよう、うつぶせに寝そべったティナに身体を重ね、ぐっと奥を圧迫する。
「あ、ぁあ…ぬかないで……きもちいぃの…あ、ああぁ……!」
「抜かないよ、ほら……一気に入ってくるの、気持ちいい…?」
 引き抜きかけた陰茎で根元まで貫き、痙攣する中を緩急をつけてこすり上げる。
「……ひ、ぁ…! っあ、あぁぁん……!!」
「僕も、っあ…きもちい……っああ、好き…」
「も、あ…っ、や、いやぁ……!」
「っふふ……でも腰浮いてるよ。ティナの身体はもっとえっちしたいって」
「ひう……っ! しら、ない…! あぁ…!」
「…ずっといってるね、ティナ…んん…っ、もっとしたい……疲れるまでしようよ、ねぇ…」
 ティナの背中に密着して耳を吸い、ささやく。快楽の波の中にいるティナの声が途切れ途切れ頭に反響する。
「…は、ぁ…たまくん…! あ、あ……!!」
「っん、ん、うぅ……僕のっ……僕のティナ…っ…」
 その後は記憶がはっきりしない。お互いの名前と「すき」と「きもちいい」以外ほとんど喋らず、二人して行為に耽った。
 猫みたいに高い声しか上げられなくなった、表情も何もかもふにゃふにゃのティナ。その肌をつたう汗が甘かったのはどうにか覚えている。甘くてふわふわで、夢みたいな女の子だ。もう女の子って年じゃないってティナは笑うかもしれないけど、僕にはいつまでもそうだった。そんな子が僕を好きなんて。ずっと、僕だけを好きなんて。
 いつの間にかティナの胸に倒れ込み、耳に伝わってくる鼓動がとくとく優しくて眠ってしまった。


***


 翌朝、目を開けると困った顔のティナがいた。
 体液でどろどろになったベッドを見て昨夜何をしたか瞬時に思い出し、がばっと身を起こして謝る。
「……ごめん! 初めてなのに、あんな…」
「たまくんだって、初めてでしょ」
 ティナはふ、と笑って使用済みの避妊具を集めてつまんでいる。昨夜を思い出したのか前髪からのぞく頬が赤い。たぷたぷと揺れる濃い精を目にして僕も顔が熱い。この量を中で出していたら。
「ぼ、僕がやるから」
 ティナの手からひったくってゴミ箱に捨てる。
「ティナ、辛くない?」
「眠いわ」
 ティナの髪は普段からはありえないほどぼさぼさに乱れていて、爆発していると言っていい。だけど僕にはそれがカーテン越しの光の中、朝寝坊の天使か女神みたいに見えた。
「ティナはゆっくりしてて。シャワー借りるよ」
「うん」
「シーツ剥がすからソファで寝て」
「うん…」
「愛してる」
「うん……?」
 ティナは本当に眠いらしくうんしか言わない。
 シャワーついでにバスタブでタオルやシーツを下洗いしておく。後でコインランドリーに持って行こう。手際の良さにほれぼれしているのか、ティナがソファに丸まり薄目をあけてこちらを見ている。

 ティナがシャワーを浴びている間にオムレツを作り、昨日チョコレートを飲んだマグカップを洗う。それにインスタントのスープを溶かして髪を乾かしてきたティナと軽い朝食をとる。まだぼんやりして、狭いキッチンで僕を邪魔そうにするのがまた新鮮でいい。
 ティナがチーズケーキの残りが食べたいと皿を出し、スープとケーキは合わないと僕が言ってティナはいいのとふくれる。しかたなく僕がコーヒーを二人分いれる。
 朝帰りがこんなに楽しいとは。寮の部屋に帰ってこないやつらの気持ちがよく分かった。
「もう行っちゃうの?」
「何? もう一回言って」
 そのうえ、今までなごり惜しむような言葉は言わなかったティナが行かないでほしいと。
「コインランドリー行くついでに赴任先を下見しようと思って」
「聞こえてるじゃない」

 玄関で見送ってくれるティナにほおずりして抱きしめる。だが新婚気分を味わっている暇はなかった。
 部屋を出ると、廊下の手すりに腕を乗せてスウェット姿の男がいる。早く立ち去りたい。
 くすんだ砂色の髪の男がちら、と顔を向けて言う。
「お前さ、ここの子の彼氏?」
「……そうだけど」
 隣の男。ヴァンと言ったか。
 今、自分の顔が青いのか赤いのかわからない。ヴァンは青空に目を移して続ける。
「まあいいや。お前らいつもああなのか? 久しぶりに家で寝てたらおっぱじめるし、夜中起きてもまだやってるし……」
「は、は、初めてだよ!!!」
 これ以上続けられると困る。とにかく声を出して遮るとヴァンは笑った。
「はじめて? ……なんだ、そうなのか。じゃあ仕方ないな。はは、よかったなあ」
 からかうというより本気でめでたいと思われているようで恥ずかしい。逆効果どころか自爆だ。もう顔どころか頭皮まで赤いだろう。
「うるさくしてすみません…」
 気にすんなよと肩をぺしぺし叩かれ、僕は脱力した。ティナには言わないでおこう。ティナがいい人って言ってたの、本当だったよ。聞こえてるだろうけど……。

 うなだれる僕をよそに、ヴァンは空に視線を戻す。澄んだ二月の空だが今そんなことを考える余裕はない。初対面の男に初体験を激白するという恥辱に耐え、その場を後にしようとする。
「傘持ってけよ」
「え?」
 振り向いた僕に、ヴァンはハロが出てる、と言った。
「ハロって、光の屈折の?」
 指さす方を見上げると、太陽の周りに虹色の環がかかっている。
「知ってんのか。雨降るかもな」
「ああ、ありがとう……気をつけるよ」
「うん。じゃあな」
 ヴァンは動く気はないらしく、上を見たまま言った。彼に背を向けて廊下を歩く。
 一時の恥、喉もと過ぎればたいしたことではない。と思いたい。それよりもドアを開けた時からずっと、ティナの言葉が頭に響いている。

 朝の白い光の中、洗いたての髪のティナがマグカップからスープを一口飲む。湯気の向こうから僕をじっと見る。カップを包む指先が温かいのを、触らなくても知っている。柔らかな唇が開く。
 あなたのこと、はじめてじゃない気がするの。からだじゃなくて、わからないけど、心が。

2022.02.23