撃沈膝枕

──や、やめ、ティナッ、あ、あ……っ!
──ぬるぬる気持ちいいね、かわいい……♡

 何なんだ、これは。
 寝ぼけている間に裸に剥かれるのは百歩譲ってかまわない。手を縛られ目隠しされた耳元で、甘くささやかれながら身体中、あんなところやそんなところまで舐められ、ティナの肌に指も触れないまま何度もいかされ続けている。


 ***


 大学四年の春、僕は帰郷した。
 教育実習のためだ。からかいを含んだ生徒たちの視線に、初日は声が震えた。学部の学生相手にする模擬授業とはまったくちがう。実習開始から毎日聞かれる「先生彼女いるの?」は別にいい。受け入れてもらう以上アウェイの待遇も仕方ない。授業後も課外活動に指導教官との反省が終わるまで丸一日気が抜けず、帰って翌日の授業計画。これが約一ヶ月間。

 実習がはじまって最初の日曜、ティナの部屋へ息抜きに来たまではよかった。
「たまくん、目の下クマできてるよ」
「ティナごめん。眠くて……準備してても上手くはいかないもんだね。一週間で少しは慣れたけど」
「おでこも広くなったような」
「……え!? ウ、ウソだよね?」
「うん、うそ。寝てていいよ」
「冗談きついよ…ありがと、少し寝させて」
 ぎゅっと抱きしめて膝枕してくれるティナを可愛いな、僕の彼女って最高だな、と見上げる。うとうとと目を閉じた、はずだった。


 視界が閉ざされ、両手首が何か柔らかいもので括られている。そして、裸だ。すでに昂っている。
「起きた?」
「何するつもり、ティナ」
「おちんちんすりすり屋さんです」
「………………もっとマシなネーミングなかったの?」
 手が自由だったら頭を抱えていた。深くため息をつく僕を無視し、ティナは下半身に話しかける。
「おじぎして礼儀正しいおちんちんね」
 そう言って幼児にするように頭と陰茎をなでる。
「や、やめてってば」
「硬くなってきた。あら、泣いちゃったの? 緊張しないでいいよ」
「っう……は、あっ、ぁ……っ」
 さらさらした手のひらで先走りをこぼす陰茎をなで回され、乳首を指先がかすめる。
「ふふ…はじめるね」
 ベッドが沈み、ティナが足の間からゆっくりと僕の胸に寝そべる。一気に乗ってくれればいいものを、彼女のはいているフレアスカートがするすると身体の前面を擦り上げて腰がびくつく。春らしい、きれいな色だったはずだ。
「………っ、は、…っん……」
 なにか気持ちいい、もしくは未知のことが始まる期待と不安がティナのお腹を押し上げてこすれる。細い指が脇腹をつつ、とすべり、裸の腰をきゅっと抱きしめる。
「う……ん、……っ!」
 たぶん、胸にキスされている。ふ、と乳首に唇が触れて羞恥がこみ上げる。自分だけ裸で、悶えるところを一方的に見られている。
 ティナが身を起こして言う。
「あ…、ついちゃった」
「ご、ごめん……」
 何がなんて見なくてもわかる。
「ふふ。顔赤くなってる」
「当たり前だろ! それに乳首は別にどうも……」
「そう? 寝てるあいだ触ってたら、おちんちん勃ってたよ」
 ティナが足の間から脇に移動しながら乳首を弾く。
「たまたまでしょ、最近してなかったし……っあ…」
「ほら今ぴくってした」
「ん、うぅ…」
 たしかに集中すると、むずがゆいような感覚だ。
「これはどう?」
 ぬるりとしたものが胸をかすめ、乳首をちろちろ舐める。もう片方は指でくりくりいじられ弾かれる。
「……あ、あっ、…っ」
「乳首きもちいいね、おちんちんも乳首もぴんって立ってるよ。正直でえらいわ」
「……うう…」
 く、くやしいけど気持ちいいから言い返せない。
「もっとしてあげるね」
 やわらかい唇が乳首にちゅっちゅっと吸いつく。空いたほうは指でやさしくこすられ続け、微量な快感は腰へと溜まっていく。
「……ふ、う…っあ、…ぁ……」
 目を閉じて細い糸のような快感にすがっていると、まぶたに触れる布がすべすべしていることに気づく。頭に巻けるほど長くてすべらかで、ほのかな匂い。昔ティナはよくリボンを着けていた。保育の職についてからは解けると危ないから、と髪を結うのは専らゴムになった。もしかすると手首を括る、くしゅくしゅしてゴムの通った素材も……ティナの装飾品で縛られている、と考えると背筋がぞくっとする。

「あ、腰動いてる」
「だ、だって……っ!」
 放っておかれた陰茎は先走りを垂れ流し、むなしく空を突いている。それすら被虐心をあおり興奮材料になる。僕は別にそっちの人間ではないけど、「いけないこと」は人の快楽を増幅させる。
「乳首きもちよくて、おちんちん我慢できなくなっちゃった?」
「ティナ、お願い……さわって」
「ふふ、自分からお願いできてえらいね。ごほうびあげる」
「……っあぁ! う、ぅうっ……!」
 カウパーまみれの陰茎をやさしくしごきながら、両乳首を弄られる。自分でするときの何倍も気持ちがいい。こんなの続けられたら身体がおかしくなってしまう。
「あぁ、ん、ティナ、ティナぁっ、もう…」
「乳首いじられていっちゃう?」
「ん、イく、うぅっ……! ああ、ぁ!」
「いいよ、いっぱいいこうね……」
 あたたかいティナの手の中に吐精する。終わった、とまどろむ。


 ふたたび意識が戻ると、いきり立ったものを触れるか触れないかの距離でくすぐられ続けている。
「たまくんのおちんちん、すごくえっちになってきてる……」
「ん…え? ティナ……っ?」
「何だかね、ほかほかしてるの……可愛い。ん、ふ、……っ、れ…」
 ちゅる、とすぼめた唇が先走りを吸い、舌が陰茎を舐め上げる。
「……っ! あ、ぁ…っ」
「おちんちん舐められてきもちいい?」
 ひざの間にティナの身体が割りこみ、ゆっくりと股を押しひらく。太ももにティナの袖がこすれてぞくぞくする。
「っ……どうするの? あ、そ、そこ…!」
「あのね、ここ、さわってみたかったの。わぁ、ふかふか……♡」
 陰茎の下の袋を、もてあそぶようにぽんぽんと手のひらで弾ませる。
「……っ、は、あ……なっ!? も、揉ま……舐めないでいいよっ、そんなとこ……! っん…」
「だってたまくん、あんまりさわらせてくれないから」
「ああぁ…っちょ、口に入ってる!? うそぉっ……は、あ…っ♡あったか、い…」
「いひゃくない? ふぁ、おひんひんひくひくしひぇる」
「何言ってるかわかんないよ……痛くは、ないけど」
「ん、ちゅっ」
「……え゛!? そこもダメだって! なん…っふぁ、あっ、あ……!」
 お尻の穴にやわらかいものが触れ、母猫が子猫にするようにぺろぺろと舐める。それに合わせてティナの髪が足の付け根をくすぐった。
「おしりもおちんちんもひくひくしてるわ」
「二回も言わなくていいよ!! わかってるよ!」
 腰の下に手首があるせいで、どうやっても性器を突き出す格好になる。M字開脚。自分でやることになるとは思わなかった。恥ずかしいと思えば思うほど、陰茎に血液が集まって腰を揺らさずにいるのがつらくなる。

「気持ちいい?」
「恥ずかしい……! うぅ、ティナ、目隠し取ってよ…」
「たまくん可愛いから、これ使っちゃう」
「今度は何!? 怖いんだけど…っ!」
「……ええと、お湯と混ぜて……」
 とぷん、と粘度のある水音がしてひざの裏に嫌な汗がにじむ。
「私もはじめてだけど、頑張るね」
「だから何を!? …っ! ……こ、れ……っ」
「すっごくとろとろ…やっ…すべって逃げちゃう…多すぎてもダメなのね」
「っは、あ、ああぁ……!」
「びくびくしちゃうの? ぬるぬる気持ちいいね……♡」
「ダメ、これっ…イく、イく……っあ、あ、ティナぁ…っ!」
 ローションでぬるぬるの手指でなでくりまわされ、二度目の射精をする。だが、達したあとも愛撫は止まない。亀頭とカリの部分で輪っかにした指をわずかな力で上下に擦っている。

「は、あ……っな、なんでやめてくれないの…?」
「ん…? なんでかな……」
 乳首をぺろりと舐めてごまかされる。
 ちゅこちゅこと細かな音は止まない。これはきっと夢だ、あすの板書が脳から抜け出ていく音だ。現実逃避しても腰の熱さは引かない。むしろ何か来そうな予感すらする。
「ん、ちゅ……」
「あっ…なんか……」
「乳首舐められるの、好きになってきた? じゃあ…」
「なっ……やめ、あぁ……♡」
 亀頭を責められたままもう片方の手がお尻の穴にふれ、陰茎の根元が熱くなる。ぬるついてあたたかな指は粘膜にやわやわと円を描き続け、入ってくるつもりはなさそうだ。じれったいような、ずっと続けてほしいような。
 見透かしたようにティナがささやく。
「たまくんほんとは、私にいじめられるの好きでしょ?」
「そんなわけ……は、ああぁ♡やめ…♡」
「だって腰動いてるもの」
 ちゅっと耳にキスされる。
「お尻がっ…あったかくて! 変な感じだからだよ……っ」
「そう、へんな感じなの」
 気まぐれに指がおりてきて裏筋をくすぐる。
「ん、んっ…! そこ……っもっと…」
「ふふ……いきたい?」
「いきたい……っ」
 ティナが耳元であまく、意地悪にささやく。ずるい、自分の声が可愛いのを、僕がこうされて嬉しいのを、知っててやってるんだ。そうでも思わないとプライドがずたずたになりそうだった。
「まだだめ♡」
「ううぅ、ティナぁ……っ」
 苦しいのに、このままめちゃくちゃにされたいと思ってしまう。これは、危険だ。
「ティナ、おねがい……っ」
「こんどはこっち、よしよしするね」
 懇願は聞き入れられず、残念なのかホッとするのか自分でもわからない。亀頭に手のひらをかぶせて包み、すりすりとなでる。なで続ける。
「は、ぁ! あんまり、強くしないでっ…あつ、い……」
「敏感なのね。やさしくするわ」
「ん、ん……は、ぁ、何これ……っ」
 自分では亀頭のみ刺激し続けたことはなかった。薄い粘膜をごく弱くこすられ、先だけが熱をもって膨張するような感覚。
「さきっぽきもちい……?」
「わ、からない…あ、でもっ……ん…♡」
「なあに?」
「な、なんか来そ……いや…」
 これ以上続けられたら、あと戻りできない気がする。

「ティナ…! もうやめてよ、もう、いいでしょ? これ以上いじったって…そんなものただのスポンジだよ……っ」
「なんてこと言うの? ほんとにそうだったら、切なくなったり気持ちよくなったりしないわ」
 悲しそうな声のあと、乳首を口に含まれる。心から大事だ、と言うように手のひらが亀頭を包む。手首を回転させているのか、ぬりゅぬりゅとカリごと愛撫される。
「あなたのえっちで可愛いところ、もっと気持ちよくしたいの…」
「ううぅうっ……♡」
 涙が出るのは、いきそうでいけないからだ。
 ひたすらにやさしく、甘く。乳首と亀頭、お尻の穴を同時にぬるぬると責められる。身体が、お尻が、陰茎の先も根元も熱い。ふわふわする。ぬるま湯に浸かったようなこの快楽から出られない……出たくない。
「やめっ、うぁ……なんか、変…っティナぁ、あぁあ……♡」
 腰を突きだした拍子にぬぷ、と爪の先ほど指が沈む。あっ、ごめんねと焦って謝る声が遠い。

「っは、ひ……っぁああ♡ううぅっ♡」
 ぷしゃ、と何かを漏らしたような感覚がし、太ももなでなでとさすられる。
「……! はじめてなのにお潮吹けたの?」
「待っ…! 今さわったら……っああぁ♡はぁああ…っ♡ううぅ♡」
「いい子ね……かわいい♡」
 声が出るのも腰がひくんひくん動くのも、止められない。じょろ、とまた何か出た気がする。
「……ね、ねえ僕…っいま、漏ら……」
「だいじょうぶ。今はぜんぶ忘れて、いっぱい気持ちよくなろうね」
「っこんなの、どこで覚えて……んっ、また……ううっ♡ああぁ…♡」
 無情なほど甘い三点責めは続き、何も考えられなくなっていく。
 ああ、これは──甘やかされていると気付いたのは、人生初のドライオーガズムの最中だった。

「ティナ、ティナぁっ……もう、いかせて…」
「さっきからいっぱいいってるよ?」
 濡れたリボンがぺたりとまぶたに張りつく。大事にしまっていたものを、こんなことで汚さなくたっていいのに。
「ちがう…っ、苦しいんだ……下もさわって、お願いっ……出したい……!」
「どうしようかな?」
「ティナぁ……っ♡あぁあ♡それっ、やめ…あっ、あっ♡」
 弱いと知るやティナは容赦なくお尻に指をぬぽぬぽ入れて焦らしてくる。腕が自由なら口を押さえられるのにと考えてやっと、手枷のゆるさに思い当たる。外そうと思えばできた。どっぷり快感に浸かった今では、手首は腰から生えたように動かない。

「たまくん、怒らないのね。手、シュシュだからすぐ外せるのに……だから、好き」
 今日のティナはあまりキスしてくれないと思っていた。唇には一度もない。首すじにちゅっと唇を感じ、耳に直接「好き」とささやかれ、指の沈んだ腰の奥がうねるように収縮する。
「…っん♡あー、あぁ♡あー…♡も、やだ…っ♡ううぅっ♡」
 手のひらに情けなく亀頭を押しつけ、ぷしゃぷしゃと体液を漏らす。ティナが僕にしたいことなのだ、これが。なら先を知りたい。
「精子だしたい?」
「だしたい……っも、ほんとにダメ……っ」
「仕方ないおちんちんね。ほら、ぬるぬるいっぱいつけてしこしこするの、きもちい…?」
「……ッ、……!! んああっ、はあ、あ♡あ……っ」
「きもちいいって言ってごらん?」
 寸止めされて腰ががくがく震える。
「っ気持ちいぃ…! きもちぃい、きもちいいよっ……♡」
「ふふ…♡よくできました♡」
 亀頭をよしよしとなでられ、今日一番の強さでしごかれる。ぬぷっ、ぬっぷ、ぬぢゅ、とあたたかなローションをまとった手のひらが、がちがちの陰茎を上下する。
「……!! イっ…! イくっ…! いッ、ぐぅ……っ! あ゛ぁあ…!……っ!……!!………ッ!!!」
「わあ、すごい…! びゅーびゅー出てる…♡」
「ティ……ナ…ッ♡♡」
 浮いて律動する腰にあわせ、目隠しがずれる。意識の底へ深く沈む前に見たのは、天井へ噴き上がる精液とティナの笑顔だった。



 ***



「う………え? 夕方?」
「おはよ、たまくん」
「……おはよ。寝すぎて頭ボーッとする……あー…指導案見直ししなきゃ」
「よく寝てたわ。泊まってくなら、あしたの朝たまくんの分もお弁当つくるよ」
「…ありがとう」
 服も着ているし何事もなかったかのように接するから、夢かと思った。手首にゴムの跡。意識すると火照る身体が、あれは確かな事実だと伝えてくる。
「……っ」
 自分が晒した醜態がよみがえり、耳の奥まで熱くなる。恥ずかしさと申し訳なさでティナをまともに見られない。後ろを向いてうつむいていると声をかけられる。

「ね、おふろ屋さん行かない?」
 お風呂屋さん、か。こんなにも気を使われてうやむやにはできない。背を向けたままつぶやく。
「…………おちんちんすりすり屋さんは?」
「おちんちんすりすり屋さんは閉店しました」
 驚いて振りむくとティナは真顔で、思わず笑ってしまう。
「ぶっ……ふ、くく…行くよ」
「たまくんとフルーツ牛乳飲みたいの。それとね、近くにおいしい定食屋さん見つけたのよ。行こ?」
「いいよ。……おちんちん定食屋さんはないの?」
「…もうっ! たまくん! 結構、はずかしかったんだから」
 しつこくからかうと、ぷりぷりと頬を染めて怒る。あれだけのことをしておいて僕とフルーツ牛乳飲みたいって何かおかしいじゃないか。
 だって、その気になれば、挿入できたはずだ。会えるのを楽しみにしていただろうに、ティナは僕を悦ばせるばかりでそれ以上のことは何もしなかった。
「あはは、ごめんごめん。でもティナ、なんであんなこと」
「すっきりした? 元気出た?」
 ティナは気遣わしげに僕を見る。彼女なりに僕を癒そうとしたらしい。おかげで一時のあいだ重圧から解き放たれたのだ。さんざんあえいでベッドも汚した手前、彼女を責められるはずもない。
「すっきりって……まあ、うん、かなり」
「良かった……!」
「うん。明日からも頑張れそうだよ」
 愛されている、と思う。ティナは愛とか一言も言わないけど、もはやこれは愛だ。無性に彼女に愛されてるって誰彼かまわず言いふらしたい。あとで、好きなだけ長湯していいよってティナに言おう。


 明朝、スーツの背中に視線を感じる。
 鏡越しにティナをうかがうと、転職して時間に余裕があるのかまだパジャマ姿だ。口元にパンくずをつけて僕を見ている。
「たまくん、かっこいい…」
「ありがと。……仕返し、するからね」
「仕返し…? ふふ、楽しみにしてる」
「採用試験終わったら覚えといて」
 絶対「もう許して」って言わせてやる。
 負け惜しみを言っても口角がゆるむのは抑えられない。ゆっくり寝かせてお昼をもたせてくれ、おまけに……。やっぱり僕の彼女、最高だ。
 ネクタイをきゅっと締める。
 実習を終えても、大学に戻って諸々のあと教員採用試験が待っている。それを乗り越えてやっと始まる。
「行ってくるよ」
「いってらっふぁい」
 歯みがきしながら答えるティナに笑いかけ、ドアを開ける。
 答えたら最後、おもちゃにされるのがわかりきった質問──「いない」の一点張りで通していたその問いに口をすべらせそうになるのは、あと数時間後のことだった。

2022.4.1