意識の旅路とマグカップ

「そろそろ寝ない?」
 私と彼は揃って口に出し、荷物の山から頭を上げて微笑みあった。
「疲れた。あったかいの飲みたい……」
「僕も。ココア淹れようか」
「マシュマロは?」
「ない」
 引っ越しの日の夜中だった。最低限必要な生活用品や家具の配置を終え、私たちはシャワーを済ませたあとも荷解きを続けていた。
 新品のペアマグカップを箱から出して洗う。いつものは荷造りの時に割ってしまい、これで三つめだ。一つめはもう両方なく、セリスに二つめを片方割ってしまったと話すと、引っ越し祝いを早めにくれたのだ。

 彼が冷蔵庫を覗いてあっと声を上げる。
「空っぽなんだった……」
「ミルクがないなら…コーヒー、紅茶、うーん」
 拭いたカップを置いて荷物を探る。
「買いに行く? 雪降ってないし」
「それもいいけど」
 部屋着にコートを羽織ってお買い物。きっと寒くて、彼とならとても楽しい。いつもならすぐ返事をした。
「僕行ってくるよ」
「あ! ちょっと待って」
 甘くて少しだけお腹を満たすもの……買い置きの袋の中から見つけたのはスティックタイプのミルクティで、いつかの貰い物だ。
「たまくん、これ!」
「…掘り出し物だね」
 よほど嬉しげだったのか、彼は小さく笑いながらケトルを火にかけた。


「たまくん早く、冷めちゃう」
「そんなにすぐ冷めないよ」
 二人掛けのソファから彼が暖房を強めるのを眺め、手招きして毛布に一緒にくるまる。肩を寄せあうと温かくてふわふわだ。二人とも私のお気に入りのショップのルームウェアで、彼のは紺色にクマの刺繍が可愛い。

 クリスマスに狙っていたクマのセットアップ(チェリーフレーバー入りのバニラアイスみたいでとても可愛い!)を買いに行ったら、彼が自分もと言い出したのだ。部屋で貸したパーカーの触り心地が気に入ったらしい。私のはクマたくさんいるよ、お揃いだねと笑いかけると、そう? と会計に行ってしまう。かわいくないの。でもそこが彼の可愛いところだ。

 彼のすました顔を思い出して足をぱたぱたさせると、毛布がはだけてショートパンツの膝が出る。彼が掛け直してくれるが、実はそんなに寒くない。
「寝室がダイニングと別なんて久しぶり」
「あ、ティナはそうなるのか」
 カバーはかけたものの、届いたばかりのベッドに乗るのはなんとなく憚られた。まだ雑然とする部屋を見渡して彼が言う。
「ぬいぐるみ増やせるね」
「モーグリショップ行きたいな」
「片付け終わって落ち着いたら行こう」
「うん、休暇が終わるまでにがんばろ」
 同じタイミングでカップの中身を啜って一息つく。

 ぼんやりしていた。今日は彼も疲れたのか、甘いねと言ったきり黙っている。沈黙が心地良くこのまま寝てしまいそうだった。うとうとしかけたとき、彼が私にもたれかかる。
「ティナいい?」
「ぐりぐりはだめ」
「わかってるってば」
 背中に響く声はこもって頼りなく聴こえる。

 彼が傾けないように私のマグカップを取り、梱包用品の広がったダイニングテーブルに二つ置く。私はモーグリのぬいぐるみを連れて来て膝に抱く。すると彼が私の結んだ髪に後ろから顔を押しつけてモフモフとし始める。首がくすぐったいな、と思いながら私はモーグリの毛並みを整えてはほぐす。

 彼が働き始め、私の部屋で過ごすことが増えた頃だ。私を「ふかふか」するようになったのは。最初にお願いされたとき、彼は今よりはるかにおずおずと髪に顔を埋めた。離れてみると彼はひどく興奮していて……。
「…っ」
 うなじを彼の唇が掠めた気がしてモーグリをぎゅっと抱きしめる。今日は、特に長い。

 彼の手がお腹に回り、首も背中も温かい。眠くなってきたところで彼が離れる。気が済んだらしい。
「今度は私が抱っこさせて」
「これ着てる時だけそうなんだから」
 モーグリを椅子に座らせて抱きつくと、彼は何か言いながらも嬉しそうだ。
「そんなことないよ。いつもがいい?」
「ん? そうだなあ」
 眠る準備を始めた頭に、内容の薄い会話が心地良い。もこもこの胸に顔を埋める。彼の匂いだ。嗅いでいると身体が少し熱くなる。左胸のクマを撫でながら、これからは毎日嗅げるのかと口元が緩む。
「ティナ……」
「ふふ」
 顔を上げると、彼の頬が少し赤く見えた。
 目が数秒合う。何年付き合ってもこの瞬間は慣れない。ドキドキして待っていると頬に触れられ、彼のきれいな顎が降りてくる。ちゅ、ちゅっと遊ぶように口づけて笑いあい、角度を変えて深く。腕が髪を肩を撫で、温かい手のひらが腰を包む。徐々にきつく抱きしめられる。覚えた快感が思い出されて腰がびくっとする。彼はなぜ私をその気にさせるスイッチを的確に押せるのだろう。
 絡められた舌から逃れて聞く。
「ん、ん……たまく、ふぁ、ね……するの?」
「ティナがいいなら」
「…ねむいの」
「決めていいよ」
 言ってキスを続ける。任せるポーズをとり、いいと言わせるいつもの遊びだ。どうしようか決めかねて、思い出されるのはやはり年末のことだった。



 毎年恒例で、高校の頃から続くなんだかよくわからない縁の友人と集まる。最初の十人から一体何人増えたのか、それぞれの友人や恋人を巻き込んで大所帯になっていた。子どもがいるメンバーも増えた。
 あらかた全員と近況を話し終盤にさしかかった頃、長く付き合っている私たちに誰からともなく「結婚式には呼んでくれ」と声が上がった。

「なっ!?……も、もちろん」
 彼が取り乱して一瞬こちらを見た、何か言い訳するような表情で私でもわかった。
 周りの友人たち、とくに女の子は気まずいような微笑みで私と隣の彼を見ている。見回すと部屋の隅でクラウドが額を押さえているのが目に入った。その後、彼は何でもなかったように会話しながらいつもより多く飲み続け、飲み会はお開きになった。

 結婚を申し込まれたのはその帰りだった。
「急がなくてもいいんじゃないかしら」
 駅から私の部屋への道は所々凍っていた。それを避けて歩き、珍しくふらついている彼の腕を支えながら、私はまだそのつもりはないと答えた。
 結婚しなくても一緒にはいられるし、私は満たされている。しかも彼は教師二年目でとんでもなく忙しい。結婚という言葉は自分とは縁遠いものに思えた。

「結婚しなくても一緒にいられるなんて、不倫する既婚者の常套句じゃないか……」
 彼は、私が断るとは思わなかったようだ。
 私は脳天気に「好きな人と暮らせて嬉しい」くらいに考えていたが、彼は同棲も結婚の前準備のつもりだったのだろうか。

「もしかして、一緒に暮らそうって言ったのも?」
「いいんだ、ティナの鈍感をナメてた僕が悪いんだっ」
「鈍感ってなに!」
 思わず腕を離した瞬間、彼が滑って地面にお尻をつく。
「痛たた……義姉さんライトニングもクラウドも了承済みだよ……うわっ」
「私だけ知らないってこと?」
 同棲する際に「家族に話はつけておいた」と言っていた。知らない間に根回ししていたらしい。今日集まった友人たちも知っていたのかもしれない。
「準備ができたら言うつもりだったんだ」
 立つのを諦めたのか、あぐらをかいて俯く。隠し事をされてむっとするが、酔って泣き出しそうにしょげる彼を見ていると気の毒になってくる。それにちょっと面白い。電灯に照らされた後ろ姿が映画かドラマみたいだ。とりあえず彼をひっぱり上げて立たせる。
「帰ろ」
「泊めてよ。君がいないと、うちまでたどり着けそうにない……」
「そのつもり」
 あれから一週間経ち普段どおり過ごしているが、どこか元気がないように見えた。



 キスを受けながら表情を伺い見る。彼は何を考えているのだろう、少し怖くなる。さっき外出を躊躇したのも、あの夜と同じ状況だと思うと即答できなかったからだ。いずれ、結婚する気がないならと別れを切り出されるだろうか。

「……んっ…!」
 胸の先にぴり、と電流が走る。ふわふわの生地越しに手のひらが丸みを確かめるように触れていた。
「今日はつけてないんだね」
「だ、め…っ」
 片付けだけだからとルームウェアの下には薄いキャミソールしか着けていない。胸が弱いと知ってからは毎回いくまで責められ、今ではひと撫でされただけで太ももが震える。彼はそれをお見通しで、跳ねる腰を片手で撫でてにこにこする。

「したくなるから?」
「っん、ん……や……ぁ!」
 両胸にくるくると指が這う。うっすらとした不安は降ってくる快感を受け止めて薄れていった。抵抗する気も起きない。

「あ、あっ…先っぽだめっ♡たまく…んっ…」
 顔をじっと見つめられて頬が熱くなる。
 彼が言うには私が胸でいく表情が「趣があっていい」そうだが、私にはいきそうでいかせてくれない意地悪で丁寧な指がとても良かった。
「ティナは胸いじるとすぐとろとろになっちゃうよね」
「……ひっ、あ…♡っあ♡ぁ…♡」
 腰が勝手に動くのも、全て舐めるような緑の瞳に見られている。恥ずかしくて下を向くと毛布で隠しきれないものに視線が行く。

「うそつき…」
「ティナだって。眠いんでしょ?」
「もう……! 全部あなたのせい」
 膨らみを優しく撫でる。彼がこれを好きなのはいつからか表情で気づいた。手を離す。
「もうちょっと…」
「ふふ、いいよ」
 私からキスしながら親指と人差し指でするりと撫で上げると、びくんと跳ねて彼が小さく喘いだ。

「これからはたまくんにいたずらし放題」
「勘弁してよ」
 満更でもなさそうに笑って、お返しとマッサージするように胸をさすり上げる。
「じゃ、僕は毎日クリーム塗ってあげる」
「ん、っあ、やっ……じ、自分でするから…」
「ダメ。気持ち良くなってうまく塗れないでしょ」

 二人で過ごす夜は彼がどこからか用意したオイルや保湿クリームを胸に塗り込められるのだが、あまりに気持ち良くなりすぎて少しだけ苦手だった。両胸の先を優しくぴんぴん弾かれて昇りつめる。
「っふ、ぁ♡ぁ…♡あっ♡これだめ…っ♡いく、ぃくの…♡ぁ、あ…♡」
「ほんと早くなったね」
 一枚も脱がずに胸でいくと、眉をしかめた彼に唇を塞がれる。
 私を解すのに四年かけ、挿入するようになって二年、私は彼の愛撫の虜になっていた。いつのまにか彼の腰が下に来て私をなぞっている。

「ん…ふ、ぅ、…♡…」
 私もすりすりと腰を動かしてキスの合間に早く、と訴える。きりりとした眉がみるみる下がっていくのを可愛いなと思っていると、ソファに押し倒され肘掛けに頭を乗せられる。期待に反して彼はやわやわと胸を揉みながら、中指と人差し指で達したばかりの先端を集中して擦りはじめた。

「ふぁ…っや、…っ♡ん…ぁ、ど、して……」
「まだ足りないってだけ」
 照明がまぶしくて影になった彼の顔はよく見えない。服の上から胸の先を摘まれ擦られ、お腹の奥が切なくてたまらなかった。太ももを擦り合わせ、彼としている時のように腰をくねらせて快楽に耐える。

「……っん♡…っ♡…っあ♡」
「ティナつらい?」
 ショートパンツを抜き取られ、濡れたそこにぐっと膝を押しつけられる。
「……っ!ぁ……♡」
 動いていいよ、と彼の唇が笑む。
 照明が彼の体で隠れ、私を見下ろす瞳は思ったより優しく輝いていた。なんだか泣きそうにも見えるのは私の目が潤んでいるからだろう。
 私がお尻を浮かせて脚に擦り付けはじめると、服を捲られる。彼が火照った胸を鷲掴みにし、見せつけるようにぴんと立った胸の先を口に含む。刺激され続けたそこを、食べるように吸われる。同時に膝をぐいと擦り付けられて腰ががくがく震えた。
「は♡ひ、ぃ…っ♡あん♡やぁ…♡っあ♡♡っや♡たまく…っあ♡……っ♡ふぁあ……!」

 私がいくのを待っていたように、きつく唇が吸いついてくる。深いキスでまた達する。もうもどかしくて腰を振っていないほうがつらい。
「っん♡ん……♡ん、ぅ…っ♡」
「…やめる?」
 ずるい、丁寧に両胸吸い舌でしごいていかせておいて、やめるつもりなんかこれっぽっちもないくせに……! 
 快感の波間で返事できずにいると、もうぐしょぐしょであろう下着を這っていた指が離れる。急いで首を振ると彼の長い指が隙間から入り込む。

「……っぁあ♡……や、いや、はやく…!」
 私が指一本で達するのを見届けて彼はにっこり笑んだ。つけないと、と離れようとする腕に触れる。
「大丈夫……」
「ティナ」
 体を起こし、お願い、と見つめる。
 避妊をしないことは今までに何度かあった。そのたび変わらず私の身体は機械のように満ち欠けし、月のものが遅れたり妊娠を疑うような兆候は、一度もなかった。

「……わかった」
 彼が短く言い、下着を少し下ろしてすぐに入ってくる。
「…ぁ、あ、あっ…ひぁあ……♡」
 欲しかった形と質量に中を拡げられ擦られて、自然と涙がこぼれる。挿入で達した私をぎゅうと抱きしめてくれるが、ソファの背もたれに押しつけられていた腰は我慢できず前後に振れてしまう。
「持ってかれそ…ん、ティナ、待っ、あっ」
「は、ぁ、たまくん……♡」
 彼がしかめた眉を緩めて吐息で笑い、ふっと真面目な顔になる。

「もしできたら、結婚する……」
 ひたむきな視線に耐えられず、何も言わずに首を甘く噛む。こんなに大きくなって結婚しようなんて言うようになって。
 本当にあの彼なのだろうか。私より小さくて、でも頼りになって。私が思う「あの彼」とはどの彼だろう。強く記憶している、夏の海の彼? 過去も今も全て同じ、同じ人だ。時を経ないものなど何ひとつない。なのに私は時々、まるで彼に明確なフォーマットがあるかのように考えている。

 唇を食まれながら恥骨同士ぴたりとくっつけて入り口を圧迫され、体に力が入らなくなる。違和感は押し寄せる快感に流されていく。そのまま円を描いて奥を撫で回され、彼の胸にもたれていってしまう。

「ん、あ、あ♡……っふぁ♡……っ♡」
 上も下も全部脱がされ、素肌の胸をいじられながら中を擦られて、また。毎回そんなにしなくてもいいのに。まして引っ越しの日に……言いたくても頭がふわふわして言葉にならない。疲れていないかと彼をうかがうと、涎を垂らしていないのが不思議なくらいの恍惚ぶりだった。私のことも自分のことも気持ち良くできるなんて、とても器用だと思う。数年前は挿れる前に一度射精していたな、と懐かしくなる。

「やっぱりベッド行こうよ」
「え、あ……っあ♡あん、やっ」
 繋がったまま抱え上げられ運ばれる。私の部屋のベッドで足をはみ出させていた彼にとって、ダブルベッドは二人抱き合うのに十分な大きさだろう。自分の重みで奥を揺らされ、降ろされると今度は彼の重みと圧力が加わり、頭の中が白くなった。

「ちゃんとするの久しぶりだからここがいい……っティナ、またいったでしょ」
「っ、は、ぁ………♡はじめて使うのがえっちなんて……」
「ソファも新品だけど?」
「あ……」
 息も絶え絶えに言っても説得力はない。私が渋ると、いいじゃないと首に顔を擦り寄せる。同じシャンプーを使っても、自分から香るのと少し違ってドキドキする。気持ちいいのと、彼の髪の甘い匂いでまあいいかと思えてしまう。

 ひょっとすると、彼は性欲が強いほうなのかもしれない。普段は微塵もそういうそぶりは見せないし、他に性交渉を持ったこともなく気がつかなかった。そういえば友達と女子会でその、いわゆる「エッチで何回いく?」という話題になったことがある。皆の事情も知らずわからないと答えたら、異様に盛り上がって泊まりになった。自分がそういう体質なのだと思っていたが、私たちはどちらも「そう」なのかもしれない。

 耳の先をいつもより強めに噛まれる。
「ティナ、なんか違うこと考えてるでしょ」
 奥にぐっと入り込まれつつかれる。
「え?……あっ、あ、ん…たまくんのこと…」
「ふうん?」
 先を促すようにぐにぐにと押されて口が滑る。
「っ、ん、……ぁ♡あのね、っほんとはすごく…えっち、なんじゃないかって」
「今さら何。生存本能みたいなものだと思うよ…あんまり会えなかったし。ティナの顔見ると今しとかなきゃって」
「今日から一緒に住むのに……?」
「はは、ほんとだ」

 良かった。それなら溺愛年下彼氏と言われても言い返せる。だいたい付き合って六年になるのに、もう遠慮だってないし溺愛も何もない。そう思ったとき、うんでも、と額にキスされる。

「ティナがいくとこ見るの好きなんだよね」
 言うと唇を重ねる。奥を優しくこね続けられ、また達する。
「……っん♡……ぁああっ♡」
「ティナさ、どんな顔して胸でいくか知ってる? 見せてあげたいよ」
 最初は突かれると変な感じがするだけだった奥は、胸で何度も達するうちに届いてほしい場所になっていた。彼がまだ余韻にびくつく膝をぐっと押し開き、気持ちいい? と目で笑う。

「僕のがほしいって顔して腰振られたらさ、何回でもあげたくなるでしょ……?」
「は、…あ、あ♡そこ、も、んゃ……あぁっ♡」
 彼は抜き差しせずに奥をこり、こりと撫でているだけ。ぬちゅぬちゅ音がするのは、私の腰がはしたなく動いているからだった。

「それに安心するんだよね」
「ふあぁ……っ♡あ…♡あっ♡ぃく…♡…あっ♡あー…♡♡あー……♡♡」
 やめてもらえず、何度も続けていってしまう。気持ちいい……。こうなると私はしがみついてただ喘ぐしかなくなる。
「は、ぁ…♡…っすき、すき…♡っあ、あ♡きもちい…♡たまくん……っ♡」
 うわの空だったお返しをせめて声に乗せる。

「…、……ティナぁ…っ」
 すると私の名前にとてもわかりやすいハートをつけて呼んでくれる。指を絡めて控え目にとんとん、とノックしたあと、乱暴なくらいに腰を打ちつけられる。たくさん名前を呼んだり好きと言うと、とろけて我慢できなくなる彼の癖だ。

 快楽を追っている姿が見たくて時々わざとやる。そうでない時はすでに口から出ている時で、つまり同じことだ。本当に好きなのだから余分に言ってもかまわないだろう。彼が違いに気づいているかどうかは、わからない。

「良すぎて、っうぁ……ダメになりそう……」
「……っふぁ♡っあ♡…っあぁ♡あんっ…♡」
 奥でいかされ続けたせいで、彼がずぷりと大きく襞を擦るたび達して腰が浮く。それなら私はいつから駄目になったのかな、浮かんだ言葉はとろりと泡になって消えた。

「っあ、あ…♡すき、すき…♡っあ♡あ…♡♡……っ♡ん……っ♡♡」
 私が号令をかけると私の中も彼に絡みついて好き好き言っている。その刺激に自分で感じていってしまう。そういう身体になってしまった。

「ティナ……あ、はぁっ♡……僕もっ…」
 吐息にもあまいハートが溶けている。もう、彼以外には考えられないというのに。
 いい加減いきすぎて意識が飛びそうになったとき、お腹の奥が熱くなる。甘くかすれた声が耳を塞ぐ。
「ティナ…一緒だ、ずっと………」
「ん…」












 ────そうかしら。
 ぽたりと降ってきた無意識の水滴が、染み透るにつれ、その意味に茫然とする。抱きしめられた肩が冷えていく。
 彼と初めて結ばれた朝、私の奥底はずっと前から彼を知っているとさざめいた。彼の魂に覚えがあり、結婚にぴんとこない私の中の「私」は、彼と添い遂げられないことも知っている……。




「やっぱり僕は結婚したい。君が許してくれるなら今すぐにでも、したほうがいい気がするんだ」
 もう一度考えてほしいと懇願されたのは、次の晩、部屋着にコートを羽織って買い物した帰り道だった。

「…………」
「早く答えてくれなきゃアイス溶けちゃうよ」
 いじけた声に笑ってしまう。
「ふふ…ここ外だよ? そんなに早く溶けないわ」
 私は結婚を受けることにした。はっきりした根拠もなく結婚したいなんて、彼らしくないなと思って聞いてみる。
「理由ならいくらでも言えるよ、君のドレス姿が見たいとか独り占めしたいとか誰にも渡したくないとか。でも本当に、今しないとって思ったんだ。ちなみに僕と結婚するメリットも──……」




 彼の直感も私の予感も正しかった。
 本当の現世での私たちは、結婚どころか恋することも知らないのだから。
 夢の終わりにそう悟る。涙で彼の泣きそうな顔がよく見えない。タキシード姿をもっと見ていたかった。ピアノ、練習したのに。プロポーズにもっと喜んでみせれば良かった。もっと笑ってみせたら。私が笑うと彼は嬉しいことをよく知っていたはずなのに。
 世界は暗転し、振り出しに戻った。そのはずだった。



 私は少しずつ思い出していた。
 あの「長いお昼寝」の日から、彼はなんとなく違っていた。違って見えた。私自身もどこか何かが変わっていた。
 そして二度目の終わりが来る。本当は私たちは、みんなは、似たような終わりを何度も経験して忘れているのかもしれないとふと思った。

「ティナ、僕、絶対に……!」
「また会おうね」
 輝く湖面の色をしたクリスタルを抱える彼に笑いかけると、びっくりしたように瞬きした。かがんで額に、少し迷って唇にもキスする。
「遅かったら、私から会いに行っちゃうよ?」
 目をまん丸にし、こぼれ落ちそうな涙を急いでぬぐってから彼は大きく、何度も頷いた。

「みんな、さよなら!……またね」
 最後に手を振ると、残った仲間たちは笑顔を返してくれた。私も笑うことができた。別れのそばから、再会が楽しみなのだ。

 目を閉じると、周りの気配は感じ取れなくなった。トランスしてそのまま光になったような、世界を渡るというのはこんな感覚なのか。
 仲間を、旅を……夢をありがとう、コスモス。もう彼女に会うことは叶わないのだろうか。異世界の女神に最後の祈りを捧げる。

 戻って一番にすることは、仲間にお礼を言うことだ。セリスにマグカップありがとうと言ったら、「はあ?」と目を白黒させるに違いない。夢の中で私の話をたくさん聞いて、結婚式のドレスや小物選びに付き合ってくれたセリスはあの、元の世界の「セリス」なのだ。きっと、これからもっと仲良くなれる。
 そういえばセッツァーやエドガーや、他にもいたような気がする。私、記憶力には自信がある。お父さんの助けは借りたけれど、記憶喪失から自分の生い立ちを思い出せるくらいには。
 長く付き合った彼がいるって言ったらエドガー、驚くかしら? 早く見たいわ。覚えてないと話せないの。だからお願い。覚えているのよ、ティナ。
 言い聞かせて私は未来へ手を伸ばす。

 もし──覚えてなくても。
 目が覚めて何もかも終わって、魔法が使えなくても。私は彼と、仲間たちといつか必ず会えると信じている。だって、運命ってそういうものでしょう?


2023.1.22
オペオムでのティナの「必然を信じたい」発言に寄せて。推しの恋愛観もっとほしいです!!