サキュバスティナとたまちゃん

 夜中に目が覚めて最初に見たのは、ほぼ裸の、それも羽根の生えた女の子だった。

「……人の部屋で何してるの?」
「えっと、精液を集めてます……あ、起こしちゃってごめんなさい。夢の中でもらおうとしたんだけど、扉が固くて入れなくて」
「不法侵入と淫行どっちも犯罪だから続けるなら通報するけどいい?」
「つ、通報はやめて……! おねがい」
 かるく脅しをかけると、僕に馬乗りになった女の子は降りて謝った。それに合わせてコウモリのような羽根もお尻から生えた黒っぽい尻尾もうろたえるように動く。作り物ではなさそうだ。
「ひょっとして君、サキュバスってやつ?」
「そう。街で見かけて優しそうだったから……あなたならくれるかなと思ってついてきたの」
「ホントにいたんだ。優しいかどうかは別として僕、子どもだよ。まだ出ない」
「え? 出ない…? なにが……?」
「だから精液が。そういうわけだから他当たって」
 言い捨てて布団をかぶる。出ないことはないが、目下そんなことに興味はないし下宿している部屋で面倒ごとはごめんだった。

「そんな、やっと見つけたのに…うっ、うぅ……わたし、どうしたら」
 布団を隔ててさめざめと泣き出す声が聞こえてくる。まったく、これじゃ眠れない。
「はあ、しょうがないな」
 起き上がり、ここに座れとベッドの隣をたたくと、彼女はふわりと浮いて腰を下ろした。
「どうしたの? なんか思いつめてるみたいだけど」
「私、まだ精液を採ったことないの」
「ふうん。駆け出しのサキュバスってわけ」
「うん。何度かチャレンジしてみたんだけど、失敗ばかりで」
「失敗って? ふつう、男って喜ぶんじゃないの」
「ううん…気味悪がって嫌がるひともいるわ。あなたみたいに」
「そりゃ悪かったね」
「いいの。近ごろはみんなサキュバスを知ってるのね。警戒されてるみたいで途中までうまくいっても、飲ませてくれなかったり、中にもらえなくて何回も……」
「飲まっ……と、途中って、中って……何だよそれ。やられ損じゃないか!」
「私が望んだことだから。最後にもらえないのは……魅了のかけ方が足りないのかしら」
「さっきから気になってたんだけど。その羽根、破れてるのは」
「……押さえつけられて」
「……っ! そんなやつら、吸い尽くして殺しちゃえばいいんだ。できるでしょ?」
「なるべく、殺したくないの」
 女の子は首をふって言う。レースのチョーカーをつけたその首にあざが見え、体がかっと熱くなる。
「なんで、クズばっか引っかけて……はじめから僕にしておけば良かっ……あ、いや何でもないよ、利用されてるだけだよそれ! あー、腹立ってきた。ねえ今夜はここにいなよ」
「でも私」
「いいから」
 その時くう、ときれいなおへそのあたりから音がした。恥ずかしそうにうつむいて女の子が言う。
「お腹がすいて、もう動けなくて……」
「う〜ん……あっ! ちょっと待ってて」
 冷蔵庫に買いだめしてあるものを思い出し、コップに注いでとんとテーブルに置く。彼女にすすめる。

「これ何? おいしい……!」
「ミルクだよ。白いしタンパク質だし君が欲しいものとそう変わりないよ。僕も毎日飲んでるし」
「毎日? あなたもサキュバスなの?」
「そんなわけないでしょ…」
 飲み終わると、コップと僕を見比べて恥ずかしそうにする。
「足りない?」
「すこしだけでいいの。唇を……」
「キスしたいってこと?」
 確認すると彼女は頷く。唇から精気を吸うというのは本当だったのか。
「いいよ。少しならね。死なない程度にしてよ」
「死ぬなんて、そんな。すこしでいいの。ちょっと気持ち良くなるだけ」
 情が湧くまでいかないが、わずかでも可哀想だと思ってしまったものは仕方ない。
 ベッドに手をついて少し背伸びし、ちゅ、とキスする。顔を離して彼女を見る。
「……ん♡」
「どうかした?」
「っ♡ こんな、あまくてやさしいキス、はじめて……キスって、気持ちいいのね…♡」
 尻尾がぴんとまっすぐになって、真っ白なおしりがぴくぴくと跳ねている。僕も体が熱くて柄にもなく彼女を責め立てたい気持ちになる。これも「魅了」の効果なのだろうか。
「もっとしたい?」
「したい……♡」
 ひとしきり唇を重ねたところで、いつの間にか絡みついていた身体を離す。少し、疲れた。
「……♡ ねえ、やっぱりしない? してみたら、出るかもしれないわ」
「しない。僕は君みたいなあからさまな格好に興奮するタイプじゃないんだ」
 女の子は残念そうに首をふる。高く結ったポニーテールがふわふわと揺れた。
「不思議。あなたとキスすると、胸がいっぱいになるの……おなかも」
「君はさ、搾精とか向いてないんじゃないかな。優しすぎるよ」
「だって私、サキュバスだもの」
「あのさ。毎日キスしてあげるから、しばらくここにいなよ」
「……いいの?」


 翌朝。
「学校に行ってくるから、君は好きにしてていいよ。ここにある本読んでてもいいし」
「うん、ありがとう!」
「くれぐれも変な男についてっちゃダメだよ! 帰りに君の服を買ってくるからね」
「ありがとう……!」
 素直に笑う彼女を可愛いと思ってしまう。そういえば名前も聞いていなかった。


 帰ってくると、彼女の僕を見る目が朝と違ってよそよそしい。
「お、おかえりなさい……」
「ただいま。なにかあったの?」
「え、えっと、この本……あなたの?」
「そりゃあ僕のだけど。ああそれね、いつ買ったんだっけ。気に入った?」
「き、き、気にいるだなんてそんな」
 テーブルに置いてある文庫本を手に取りひらくと、彼女はひっと声を上げて顔を覆った。
「……?」
 それは暇つぶしに買った小説だった。映画化もされた大衆的な恋愛話だ。ぱらぱらめくって内容を思い出しながら彼女をうかがうと、指のすきまからこちらを半目で見ている。まるで扱いがエロ本だ。
「あなたがこんな特殊セイヘキだなんて、おどろいたわ……」
「特殊性癖? これが?」
「搾精も繁殖も生殖もしないで、お出かけして手をつないでキスするだけなんて……!」
 そう言って顔を赤らめる。本を近づけてみると、羽根を広げ部屋のすみに飛びのく。手を触れるのもためらうほどらしい。でも読んだんだな。

「こっちではスタンダードだけど。君のところでは純愛が破廉恥あつかいなんだね」
「うん…っ♡ 友達が机に隠してたのを読んだことあって……ドキドキしたわ」
 彼女は「純愛」という言葉に顔を真っ赤にして身悶えした。尻尾がハートを描いている。
「へえ、そんなに気に入ったんなら似たのを借りてこようかな。それとも本屋に行ってみる?」
「ほ、本屋さん? 人間の…!?」
「うん。行ったことある?」
「ない……! いいの? い、行く♡ 行くっ♡ イく♡ 行きたいの♡」
「なんか途中変だったけど大丈夫?」
「う、うん。それより……」
 彼女は僕をじっと見つめてぺろりと舌なめずりする。嫌な予感がして後ずさる。
「こんな本を持ってるくらいだもの。あなたってすごく濃い精液が出そう……」
「そ、そうかなあ」
「そうよ、なんだか良い匂いがするし……♡ あなたが出るようになるまで、ここにいてもいい?」
「ちょっ、や、やめーーッ! いいけども! 股間を嗅がないの!」
「どうして?」
「頭痛くなってきた……」


 それから僕らはふたりで暮らすことになった。彼女の名前はティナという。
「こ、こんな胸の開いてない服、はじめて」
「……………かわいいよ」
「ほ、ほんとう?」
「うん。そういえばさ、ティナっていくつなの?」
「人間で言えば十八くらいかな」
「結構上だな……人間で言えば? もう歳とか関係ないのか」
 普通の服を着せると、ティナはびっくりするほど可愛い女の子だった。いつものレオタードでは半裸に圧倒されて顔の造形がかすんでいたらしい。首までボタンのついた服とひらひらしたスカートを着ていると、ちょっとエッチなだけの可愛い女の子だ。これを僕が全部選んで着せて……。この子を、ずっとそばに置いておけたら幸せだろうなと一瞬考えて打ち消す。彼女の魔力にあてられた気の迷いだ。
 その普通の格好でキスを迫るものだから、妙にドキドキして身体が硬直してしまう。だってこんなの恋人みたいじゃないか! キスしながら勃っていることや、時々こっそり処理しているのがバレないか、毎晩気が気ではなかった。

 頭のツノを帽子で隠して外出し、彼女の着るものを一緒に選んだり、カフェで甘いものを食べながらサキュバスの学校の話を聞いたり、僕の話をしたり……。僕を「たまちゃん」なんて呼ぶようにもなった。可愛いからだそうだ。
 本屋では興奮しすぎたティナの羽根が広がって大変だった。彼女がせがむので一度恋愛映画を観に行ったが、浮き上がるのを抑えているのに必死で内容は全く覚えていない。

「たまちゃん、カフェオレ作ってみたの」
「ありがとう。うん、ほぼミルクだね……まあいいかミルク好きだし。ティナのは?」
「私はそろそろあなたのがほしいな…♡」
「あのねえ。ミルクで我慢しなさい」
「うそ。私もカフェオレ飲んでみたいの」
「じゃあ作ってあげる。割合は僕のと同じでいいかな」
 僕の好きなものを作ってくれたりするようにもなって、ときどき性交を迫られるものの穏やかな毎日を送っていた。今夜までは。


 最初から限界は見えていた。
 目が覚めると、隣で寝ていたはずのティナが泣いている。おいしい、おいしいと僕のを舐めながら。我慢が祟って夢精していた。それも大量に。
「ごめんね、たまちゃん。夢の入り口がゆるんでて……私、我慢できなかった。夢の中であなた、私とずっとえっちしたかったって……うれしくて」
「ティナ、っぼく……っあ、ん、は…」
 ティナの舌が這いまわり、まともに思考が働かない。
「あまい…♡ 好きなひとのだからおいしいのかな……美味しいのに、涙が、とまらないの……ねえ、出ないって言ったのに、どうしてウソついたの……?」
「っあ、やめっ、くぅ、ティナ……っ」
「もっと、もっとほしいの……♡」
 そう言って僕のものをほおばる。はじめて味わう熱い口内にすぐ爆ぜてしまう。
「…っああ! …っう、イッ……!!」
「っ♡ んくっ♡ ふ、ちゅ……ん♡ んうぅっ♡」
 口内におさめたまま精を舐めとり、吐精したばかりのものに吸いつく。強制的に絶頂させるつもりだ。
「……っお…! っく、あ…ぁあ…!!」
 精液を根元から引き抜かれるように、文字どおり搾り取られる。気絶しそうなほどの快楽だ。だけどまだ卒倒するわけにはいかなかった。
「………ティナッ!」
「たまちゃん、ねえ、すごくおいしいの……好き♡ すきよ、もっと、だして……♡」
 精飲したティナの瞳にあやしい光が灯る。感じたことのない妖気が肌をぞくぞくと刺す。
「やめるんだ、ティナ!」
「どうして? ねえ、くちだけじゃいやなの」

 こちらの言葉が届かないティナの肩をつかんで、目をあわせる。
「だって、精液採ったらどっか行っちゃうだろ! 次の奴にさ!」
「え……?」
「ねえ、魅了を解いてよ…! そしたら、終わらせられる」
 ぼんやりしていた瞳の焦点が徐々に定まっていく。
「…………」
 ティナは何も返さない。人でないものに執着を持っては、深く関わっては、いけなかった。
「僕は、君といたかったんだ。もっと一緒に」
 足に巻きついた尻尾がしゅるりと解け、先端がぽとりとベッドに落ちる。これで本当に終わりだ。
「……私、今まであなたに力を使ったことないわ。抵抗する行きずりの人を魅惑するためだもの……あなたは、キスも真心も、くれたから」

 肩から手を離し、瞳をのぞきこむとティナはほほえむ。こわばった腕でぎこちなく抱きしめる。そんなの、本当はとっくにわかっていた。
「僕の精液、一生ぶん君にあげる。だからそばにいてよ」
「たまちゃん……♡♡」
 無理やりティナの大好きなクサい台詞にしてささやくと、なめらかな脚と尻尾が腰に絡みついてくる。ストレートでいっそ微笑ましい。
「ん……♡ ほしいの、今♡」
「やっぱりそうなる? 僕も見たかったんだよね。夢のつづき」
 僕から強くくちづけて、尻尾の根元をきゅっと握る。ティナがあん、と可愛く達して、身体の温みやわらかさが手に伝わる。こうしてみると夢魔の衣装もいいじゃないか。なんたってすぐ繋がれる。
 もう僕は、ティナのせいで寿命が短くなってもいいと思えるくらいに入れ込んでいた。どうせ家族はいないのだし、十人分手のかかるお嫁さんが一人いれば十分だよね。

2022.4.1
・ゆあさん(@yua_ff1626)作サキュバスティナちゃん画像がめちゃめちゃえろかわで生まれたSSです!!