落ち着かない。部屋が狭いせいもあるが、女の子の生活空間に立ち入るというのは、ティナの心遣いがあってさえ緊張する。気を紛らわすために立ち働くティナを見ると、通勤着のままなのか簡素な格好、首もとのゆるく開いたニットにぴったりしたジーンズ。その上にエプロン。彼女の手がエプロンの結び目に向かう。

「それ、僕があげたやつだよね。似合ってるからもうちょっと着けててよ」
 手早く外そうとする動作をティナは黙って止めた。洗い物するんなら別に脱がなくてもいいのに。淡いブルーのそれは昨年彼女の引越し祝いにと贈ったものだが、その後部屋に行く機会もなかったため、それを着けている彼女を今まで見たことがなかった。玄関であの水色を見た時は内心浮かれたが、もう目にする機会はないかもしれない。あまりじろじろ見るのも気が咎め、正面の壁際に設置された本棚に目をやる。本棚には絵本や保育関連の専門書のほか、料理本や小説が並んでいる。その隣には小さな鏡台があり、細々とした化粧道具やアクセサリーが可愛らしく飾られている。通常、付き合ってもない女性へ三月十四日に贈るプレゼントとしては指輪は妥当でない。一歩引かれるどころか距離を置かれてしまう物代表だ。自分たちは単なる幼馴染ではないという自負から願いを込めてその代表、に決めたというか決めさせられたのだが……見当たらなかった。

 ──女の子はな、「好きな相手にもらう」ことが大事で、幸せなんだ。例えそれが三百円の安っちい指輪でも、だ。ただのダイヤの指輪なんか目じゃない──ジタンはあんなこと言ってたけど、第一ティナはまだ僕のことを好いてくれているのかわからない訳だし、博打が過ぎたようだ。もちろん三百円ぽっちじゃない、かといって高価すぎてドン引きされない可愛らしさのあるものを選んだ。着けてほしくて贈ったものだ、返してくれなんて言わないが男見せろと乗せられて張り切っていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。焦って一人空回りして、何てみじめなんだろう。

 暗い気持ちで窓の方を向くと、ベッドサイドに見覚えのあるそれぞれ白と黄色の縫いぐるみが目に付いた。昔は両手の指の数より多かった僕とクラウドの戦果は、二体の精鋭に絞り込まれている。それが少しの寂しさと、子供時代の終わりを実感させた。この部屋では仕方ない。
 クラウドは僕のゲームセンターでの師匠だった。限られた資金で力を尽くして景品を獲得する楽しさに、時間を忘れて熱中し、何より彼女の無邪気な喜び様に自分が誇らしく思えたものだ。ここを発つ前に、久しぶりに誘ってみようか。

 こうして彼女の部屋を検分している自分に軽い嫌悪を覚え、また彼女に視線を戻す。ひとりで夕飯を作ってひとりで食べ、洗い物をする後ろ姿。園に勤め始めて、少女の頃より倍は声が大きくなったにもかかわらず、包み込みたくなるか細さだった。

 ──女の子の好みの色柄なのは大前提、素肌に着けた時映えるデザインかどうかが大事。
 ……何でこんな時に思い出すんだ! エプロンの後ろ姿から目をそらす。すらりとした脚が妙に目に焼き付く。三つ上のあの兄なら『桜の花より君を見てたい』とか何とか言って丸くおさめてしまうだろう。昔の自分なら、つっかえながらも言えたかもしれない。本当にティナはきれいだからだ。今は言えそうもない。彼女に対する度胸を自信を、この数年でどこかへ落として来てしまった。証拠に手紙で告白なんかしている。それも人伝いにだ──渡す踏ん切りがつかないでいたとき、ちょうど卒業祝いを届けに来たクラウドに託してしまった。

 ティナは日増しに女性らしくなる。毎日のように顔を突き合わせていた頃に比べ、その変化は今までの彼女はつぼみだったと言えるほどだ。数ヶ月ごと会うたび頼りなげな印象は薄れ、生き生きと花開いていくティナを前にすると、落ち着きをなくし手に汗が滲むのがわかった。
 僕はもう、彼女との距離をつかめなくなっている。会う機会は少なくても、受験前は別として夜はコーヒーを飲まない事、紅茶は今は甘くしたのでなくストレートが好きな事もティナは把握していて、何も言わずにその通りしてくれる。僕の方といえば、何を話しかけていいか、どこまで近付いても嫌がられないか皆目見当がつかなかった。というより、見当はついているが現実を思い知らされるのが怖かった。しかし相手が逃げるなら、それを上回る速さで追わなければ距離は縮まらない。

 立ち上がり背後からそっと近付く。彼女にはふれず、囲い込むように流しのふちへ手を掛けた。
「手伝おうか?」
「大丈夫、もう終わるから」
「洗い終わったの拭くよ」
「いいってば、座ってて」

 ティナはにべもなく言うが、我慢強くその場に留まり続ける。ティナが急激に忙しくなったのは僕が成長期に差し掛かる頃だった、だから僕より大きい、下から見上げた彼女ばかりを覚えている。目下にあるふわふわのくせ毛を新鮮に感じながら鼻先を寄せる。極めて近付いたときだけ香る甘い彼女の匂い。前に嗅いだときよりも良い匂いのような気がした。後れ毛のこぼれる白いうなじに唇をつけてみようか、その前にやる事があるだろうと考えていると、声が近くに聞こえた。

「たまくん」
「…ん?」
「洗いにくい」
「ごめん……」
 ポツリと言われてしまい萎縮する。食器をかちゃかちゃいわせながら、ティナは下を向いたまま言う。
「見送り、行けなくてごめんね」
 それはもう知っている。聞きたいのは別のことだ。
「いいんだ。みんな大げさなんだよ、ちょっと遠くの大学に行くくらいで」
 僕は続ける。
「夏休みには帰ってくるってのに。そうだ、少し気が早いんだけど、……」
 ティナの顔を覗き込もうとすると、話を切り出させないつもりなのか彼女が遮った。

「電話、するから」
 ああ僕もと返事をする。ティナはたぶん連絡してこない。あったとしても、他人の距離感でだ。
 離れている間にサクッと結婚しちまったらどうすんだ、とは現在僕の引っ越しを手伝うために帰省している、またしても兄の言葉だ。
 縁起でもないと言い返すと、
 ──お前にとっちゃ、そうだろうな。姐さん泣いて喜ぶぜ、ティナちゃんが幸せになるなら。
 ──保育士合コンって知ってるか? そりゃお前自分からは行かないだろうさ、でも断れなかったら? 数合わせにどうしてもって誘われたら? 出会いってのは、その気じゃない時ほど向こうからやって来るんだぜ。
 返す言葉もなかった。ここぞというときに思い出す、結局僕は邪険にしていた兄の女性観に大きく影響を受けてしまっている。ティナが洗い終えて手を拭き、流し台と僕の間で窮屈そうに体を反転させた。目でどいて欲しいと訴えているが知らないふりをする。
「頑張ってね。応援してるから…」

 さて、彼女の慎ましやかなところは可愛いと思う。内に秘めている生真面目な情熱ごと抱き締めたいくらいだ。そのティナが、僕の人生から黙って退場しようとしている。見逃したら最後、次に会う時には『昔よく遊んだお姉さん』の顔で笑うつもりなんだろう。そうはさせない。ティナにはずっと僕の真ん中にいてもらわないと、困る。
「無駄だよ、忘れさせようったって」
「え?」
「ティナを忘れたりなんかしない」
「…私もおんなじよ」
 ティナは微笑む。僕は表情を変えない。

「わかりやすいんだよ。本気なら徹底的にやってよね…じゃないと諦めたりしないよ。ティナが何しようと僕の目はごまかせないけどね」
「あのね、たまくん……」
 何を言わんとしているか察したのか、だだをこねる子供を諭すような口調に変わる。いつもこんな風に子供達をなだめているのだろうか。
「あなたはこれから新しい生活を始めるのよ、前を向いてなきゃ」
 無理して作った笑顔で諌める。いつも心の内側を優しく撫でるように落ち着くティナの声が、今は神経を逆撫でする。誰でも言えるような綺麗事を聞きに来たんじゃない。

「わかったような事言わないでくれ。四年やそこらで忘れてたまるかよ。そんな風に見える?」
「そういうことじゃ、ないのよ。あなたは…もっと他の人も見たほうがいいと思うの。環境が変わって忙しくなれば、自然とそうなるわ」
「っ…………勝手なことで。形はどうあれ僕は君に関わってくって決めたんだ。ティナは自分が傷付きたくないから、いつか傷付くのが怖くて逃げてるだけでしょ。忘れちゃった? ティナが言ったんだよ、そばにいてって」
「それは……そうね、あの時は近くにいたいと思ってたけれど、そばにいるってそれだけじゃないでしょう?」
 冷静な声を出そうと努めるが上手くいかない。ティナは言葉を濁すと俯き、また顔を上げて笑った。

「私、ここから見ているわ。あなたも向こうで色んな人と関われば、考えも変わるはずよ」
 柳さながらのティナに、聞こえるように溜め息をつく。
「ああそう、で、僕より先に社会に出てるティナの考えは変わったわけ?」
「……ええ」
 言葉とは違いティナの視線はゆらゆらと僕の目より下を漂っている。それが一縷の希望を抱かせ、本心を隠す彼女にいらついて言葉に棘が混じる。言い争いがしたいのでもない、ただ僕は。

「僕だって、いつまでもティナを好きでいられる訳じゃない」
 彼女は初めて目を見張り視線を落とし、唇をうごかした。わかってるわ。僕は更に意地悪な気持ちになる。
「ならきっぱり断ればいい。あなたの想いには応えられませんってね。何でそうしないか当ててやろうか。期待してるからだよ、僕が来るって」
「…やめて、」
「やめない。君は僕を試したんだ。お望みどおり来てやったよ、気分いいかい?」
「試してなんかないわ。…尋問みたいなことするならもう、」
 中身が見えないくらいたっぷり嫌味をまぶして、口から本心が滑り出る。視線を捕らえて離さないよう、両肩に手を置き畳み掛ける。お願いだから。

「知ってるよね? 僕がずっとティナしか見てないの知ってるくせに…今はどうか知らないけど、だけどティナだって……」
 喉の奥が苦しい。
「なのに今さら身を引こうって……僕のためなんて顔してさ! 駆け引きなんかしなくたって、これからも君に付き合うつもりだよ。それに、誓ってティナを傷つけるようなことはしない! …だからいい加減、はぐらかさないでほんとの気持ち聞かせてよ、でないと、でないと──…!」

 君を、あきらめてしまう。迎えに行くから待っててほしい、君がどんな気持ちでもずっと想っているから。そう言えばティナはうんと言うかもしれない。僕はそんなのはごめんだ。今知りたい、今確かめ合わないと手に入らないし戻ってもこないんじゃないか? ティナを置いて行って置いて行かれるのは僕の方なんじゃないか?

「終わりにしたくないんだ…」
 肩から手を離す。ティナは僕が話す間中、ゆるゆると首を振っていた。泣いている。濡れた瞳の周りは赤く染まっていて花びらみたいだ、ずっと見ていたいと場違いなことを思う。さっきから聞こえていたはずの、蛇口から水滴の落ちる音がやけに大きい。自分の声が低くかすれて響く。

「…はっきり言わないなら、僕のいいように取るからね」
 ティナが顔を上げる。今度は明確な意思を持って僕を見据え、首を横に振った。目尻から流れた涙が頬に留まっている。
「今はそれでもいい、でも、変わることを恐れてはだめよ……ごめんなさい。もう、帰って」

 ………終わった。予測はしていた事だが余程ショックを受けたらしい、一発殴られたように目の前がぼんやりして、気づくと往生際悪く口走っていた。
「最後に…キス、してもいい? 昔、約束した……そしたら、あきらめるよ」

「約束…。いいわ」
 ティナはひとつ瞬いて目をそらしながら言う。小さくありがとうと言って指で彼女の涙を拭い、そこに唇をつける。
「……! ちょっと、待って、」
 それを遮る手を捕らえ、首をひねり逃れようとする身体を抱きすくめる。視線がぶつかり、すかさず唇を奪う。
「ん…っ」
 体の中に渦巻く感情をぶつけるように貪り、背中や腰を抱き締める。ティナが僕より小さくて細い。彼女の背を追い抜いたのは昨日今日ではないのに、初めて知るような感動を覚える。唇は緊張でからからに干からびていて、押し付けられるティナはたまったものじゃないだろう。でも止まらないものは止まらない。…柔らかい。この感触が唇にほしくてここまで来たようなものだった。こんな、半ば無理やりのはずじゃ…もう後悔したって後の祭りだ。今まで抑え付けていた気持ちが出口を求めて噴き出し、語気を荒げて詰め寄った挙句泣かせてしまった。まるで頑張ってきたご褒美がもらえなくて、簡単に取れるはずのクレーンゲームの景品が取れなくて癇癪を起こす子供だ。彼女はいつも色恋に関して明言を避ける、それを補って余りあるほどに、こちらが思いも寄らない行動で素直な好意を表してきた。甘くせつない輝きは未だ胸に光っていて、それがあるから僕は僕でいられた。どれだけ好きで諦め切れなくても、解らなければならない。彼女が自分をもう必要としないからと責めるのは、お門違いなのだから──

「痛い、」
 唇が離れ、ティナがこぼした声で我に返る。いつの間にか彼女の背中はシンクに押し倒されんばかりに後ろに反り、壁に取り付けられた収納棚に頭がぶつかりかけていた。慌てて身体を離し、短く謝る。自分の腕の中にいるのが信じられず手に力が入っていたらしい。半端に空いた距離に気まずくなり、息の整わない彼女にかける言葉を探す。

「ごめん急に…あの、…続けていいかな」
 ティナが軽く目を見開いてこちらを見、かっと顔が熱くなる。やっと出た言葉がそれか! がっつきすぎだとかかっこ悪いとか頭を駆け巡るが、余計な事ばかり(本当に余計な事ばかりだ!)考えているうちに唇は離れてしまった。このまま彼女と別れるなんて、後味が悪すぎる。

「っ今度はちゃんとしたいんだ! ティナが、よければだけど」
「……たまくんなら、いいよ」
 目をそらして言い、さっきまで僕が座っていたベッドの横を指差す。言い終わるが早いか彼女の手を引いて座らせ、自分も隣に膝をつく。餞別、ってとこだろうか。…くれるなら何だって貰ってやる。
 すっかりぬるくなった紅茶を飲み干し、唇を湿らせる。手首をベッドの縁にかるく押し付けてふいに思い出した。去年ここに来た時──頬にキスした時だ──ティナの指は絆創膏だらけだった。今は一つもない。何もはめられていない。指から目を離す。

「もっと早くこうなるべきだったと思うよ、僕らは」
 頬に息がかかるぐらい近くで言うが、彼女はそうは思わないようだった。
 目配せをしてティナが意図を読み取るまでじっと見つめていたが、待ちきれず口づける。本当に慣れていないんだ。僕が最初だと、いいんだけど。ゆっくり、ゆっくりと念じながら、さっきの少し乱暴な仕方を詫びるように優しく触れるだけの口付けを繰り返す。後味が悪いからだけじゃない、全然足りないのだ。五年前、彼女が僕から引き出した官能をお返ししてやりたかった。一度だけなら可愛いものだ。でもそれが何度も繰り返されたら? あの頃の僕はティナにそういった衝動があることに驚き、次第に劣情を催してしまう自分を嫌悪していた。そして今、これまで面倒を見てやったのだからこのぐらい許されるはずだ、と心の底で考える自分を嫌悪している。

 唇と唇がふれ、離れまたふれる、それだけで彼女で頭が一杯になる程に気持ちがいい。ティナだからそう感じるのだろうか、唇が甘い。食むたびに甘いシロップが沁みだしてくるようで、思わず目的を忘れ貪りたくなってしまう。加えて寄せられた眉と、吸うほどに赤みを帯びて柔らかく潤む唇が欲求を加速させる。ティナが嫌がらないのを確認しながら肩や腕を撫で、上半身を押し倒してベッドに沈み込ませる。彼女に覆い被さると押し付けた身体に二の腕や胸の柔らかさが伝わり、今彼女は僕のものなのだと意識する。あと何年経てば僕じゃないと嫌だと言ってもらえるのだろう。そんな日は来るのだろうか。
 舐めたりついばんだり、味わい尽くすように唇で交わる。ずっとこうしたかった。あの夏の海で、公園のベンチで、二人きりの部屋で。声には、言葉にはならない。口にする時間が惜しかった。誰かとキスする時僕を思い出すくらい記憶に残せたなら、また。

 どのくらい経っただろうか、唇がとけあうほどキスを交わし、少し顔を離してみると、白い肌は喉元まで上気していた。あえぐように睫毛を震わせてまぶたを閉じたり開いたり、その度潤んだ瞳がきらめく。しばらく見とれていると、頬にふ、と唇が触れる。自分から触れるのと同じようで、どうしてこうも違うのだろうか。もっと欲しくて、紅潮してはいるものの相変わらず読めない表情の彼女を誘導し、頬や耳のそばにも口付けを受ける。その度腹の底にじわりと熱が広がった。ティナからのキス一つでこんなに幸せを感じるなんて、彼女は想像もつかないんだろう。
 頑なに閉じていた足をゆっくりと割り、ティナのお尻を抱え込むようにして座り直す。背中に手を回し抱きしめる。ティナは抗わない。舌を唇に這わせてみると、彼女の身体が震えた。薄く開いた唇に舌をさしこんだ瞬間、甘い毒が染み渡るように痺れが走る。

「ぁ、ぁ! …んん…っ」
 静かな部屋に、お互いの息づかいと切れ切れの声、濡れた粘膜が擦れ合う音が響く。
「は、…、はぁ…っ」
「…ふ、…っ…ぅん…」
 ティナの口内を蹂躙し、舌先を触れ合わせ、絡め、溺れるようにキスする。端から見れば滑稽に映るだろうが、舌を使ってキスしたことなどないから、僕もそしてティナもついてくるのに必死だ。下半身に溜まっていた痺れは爪の先まで広がって、今や彼女にふれるだけで身体中の先端という先端が熱く溶け出すようだった。舌を吸うたびにティナが身体を……特に腰を震わせる。やわらかいお尻が腿の上で弾み、たまらなくなって首筋に吸いつく。
「…んやぁ…っ!」
 弱々しく抵抗して身をよじる動きも、お互いの熱い身体が擦り合わされ快感が増すだけだ。下半身の熱さが知られてもかまわない。もっと近くへ。もっと。首から顎、唇へと舐め上げ塞ぐ。
「ん、ぅ…! ふ…」
 甘えたように鼻にかかった喘ぎが唇を通して脳に響き、思考までも痺れさせる。くんくん鳴いている彼女が苦しいのか、それとも。その声聞いてると腰を振り立てたくなるからやめ、止めないで、ほしい。
「…は、ぁっ、…ティナ…っ、…好きだ…」
 自分でも驚くほど甘えた声が出るが構っていられない。耐えきれず腰でティナの体をかすめる。それだけで快感が全身を駆け抜け、彼女が身を固くするのがわかった。まだ大丈夫と言い訳をしながら続けてしまったが、もう、離れなくては。今ならまだ止められる。昂った体はこのまま終われないと叫び訴えるが、最後までする訳にいかないしそのつもりもなかった。これで終わりと決め、猛ったものが当たらないよう注意を払いながら背中に回した手に力を込める。お互いの頬が濡れていることに気付いて少し顔を離すと、ティナの目からほろりと涙がこぼれた。

「……ティナを傷付けるつもりは、ないんだ」
 身を離そうとすると、するりとティナの腕が首筋をくすぐり後ろに回る。どういうことか量りきれず、僕の体で影になりさざめく水面のようなティナの瞳を見下ろす。きっとお互い、どうしていいかわからない顔をしている。頭に手が回され、うすく開いた唇が軽く押しつけられる。キスで蕩けてしまったティナの、僕を求める感触。多幸感でとろけてしまう。唇が合わさるだけでこれほど気持ちがいいだろうことは、あの夏に知った。知っていたから……ああ、僕はティナにもう一度キスされたかったのか。
 軽いキスを繰り返した後、おずおずと舌が差し込まれ、ぎこちなく舌の縁をなぞられる。彼女の舌をつかまえて絡ませたいのを我慢して、自制の心を蕩かす愛撫に身を任せる。唇も舌も、首筋を撫でる指も熱くて柔らかい……食べごろ、ってこういう状態を言うんだろうか。唇を離すと恥ずかしそうに目を細め、照れ隠しのようにまたキスされる。短い間に随分積極的になったものだけど、それ以上されるとちょっと…本当に危ない。

「ティナ、もう十分だから…付き合ってくれてありがとう……?」
 言い終わろうかという時、そろ、と背中に手が回る。かすかなささやき声。
「嫌って、ティナ、これ以上は」
 表情を窺う。ごく希望的な考えを言うと、ティナの瞳は離れたくないと言っていた。もう一度唇が開きかけ、吸い込まれるように唇をふさぐ。答えの出ている問題をどうすべきかと思案していて、反応が遅れた。きゅっと抱き着かれ、たよりなく広げられていた両足がぴたりと僕の脇腹に沿う。同時に、はちきれそうな前にキスするようにとん、と触れる。重なる。服の上からでも分かるほど熱い。
「あ…うそっ、や…っ」
「…っ」
 それと理解した瞬間、唇に食らいつく。戸惑う声に覚えた少しの落胆と安堵も、密着した腰を離そうとして性器を食い込ませるばかりの動きに煽られ掻き消された。いきり立ったものを突き立てられティナの全身が羞恥で熱る。最後にこんな姿を見られたなら、いいか。目尻に涙を溜め耳まで真っ赤にしてキスを受け、いやいやと言いながら手は背中に回ったままだ。勘違いされても文句言えないよ。僕じゃなかったら、ほんと僕じゃなかったらシャレにならない。あとできつく言っておかないと。何もしないから、とキスの合間に呟く。一瞬狼狽したあと甘くなっていく声と、自分の出す遠慮のないリップ音が鼓膜を震わせ、背中に回った手に力がこもるたび爆発寸前の性器が跳ねる。いつか昔、こんな想像をしていた。
「ん…、っ……!……!!…!」
 夢中で唇を交わし、抱き締め、しがみついて腰の波打つ快感に耐える。潜在的な願望も手伝ってか、長い射精を終えても夢見心地な感覚は続いた。